生活の道断たれたイエメンサッカー関係者

激しい戦争の只中にあるイエメンサッカーの現状の一端を示す記事です。戦争により、選手はもちろん、指導者やメディアに関わる人たちの生活も立ちいかなくなっている現状が語られます。

ただ、今回の記事、確かに戦争により深刻な事態を迎えているわけですが、しかし、現在ある諸問題は戦争前から存在していたことであり、戦争によってその矛盾が拡大しているに過ぎないとの指摘です。


元記事URL:
https://www.irfaasawtak.com/a/416278.html

イエメンサッカー…空爆の標的となって

掲載紙:イルファウ・サウタク
掲載日:2018年2月1日
執筆者:ガムダーン・ハキーミー

(文中*は訳注)

 

「私の生計を立てる道は絶たれています。生活はもうどん底ですよ」

サッカー解説者のアリー・ガルバーニーはそう言って、この国で3年前に始まった戦争による影響が広がり、スポーツ活動が麻痺してしまっていることについて話し、こう付け加えた。

「戦争は、限られた収入を途絶えさせ、そのため、大勢の選手たちを、戦闘を行っている様々なグループに参加するよう押しやることになりました」

アリー・ガルバーニーによると、この戦争は、レフェリーや解説者にも及び、彼らは「戦争によって生活が脅かされたと感じている」と言う。

元イエメン代表でキャプテンをつとめた、アリー・ヌウヌウも同じ意見だ。戦争がこの国のあらゆる美しいものを破壊したという。

「リーグ戦は中止となり、スポーツ施設も破壊されているんです。イエメンのサッカー選手たちの(*生活を維持する)苦労を言葉に表すことはできません」とヌウヌウ(現在イエメンの首都サナアのアル=アハリーの監督をつとめている)は言い、こう続ける。

「活動は無期限停止となっており、当然のことながらクラブの収入も少なくなっているんですから」

伝統あるスポーツ

サッカーはイエメンでは伝統ある競技だ。19世紀終わりから20世紀初めにかけて、サッカーをこの国南部に初めて持ち込んだのはイギリスからやって来た兵士たちだった。

アデン(*イエメン南部の都市)のティラールSCは、ジャジーラ地方(*イラク北部からシリア北部、トルコ南東部にかけての地域)及び湾岸地方で設立された、初めてのクラブチームだ。1905年のことだった。だが、イエメンのサッカーは、抗争や戦争、それに政治的不安定さにより、苦難を背負わされ続けている。

若い世代が国民の大半を占め、稀有な才能や人材の宝庫となっているこの国では、3年以上にわたって続く戦争と不安定な治安状況により、1部リーグ14チーム、2部リーグ20チーム、3部リーグ300チームの活動は、停止に追い込まれている。

運営のまずさ

だが、イエメンのジャーナリストでスポーツ評論家のハサン・ワリースによると、イエメンサッカー及びスポーツが抱える苦難は、今に始まったことではなく、この戦争が始まる以前からあったものだ、と言い、様々な最重要課題について指摘する。

「運営のまずさ、広い視野、正しい戦略が欠如しているんです。というのも、スポーツ界を率いている責任者たちは、スポーツ選手出身者でないからです。彼らは自分の名声や金を儲けることほど、サッカー界が発展することに対して、関心を持っていないのです」

さらにワリースは続ける。「もし正しいビジョンを持った適切な運営が行われていたら、この分野に投資が行われ、それはサッカーやスポーツ自身のために活用されていることでしょう」

イエメン人のマジド・ハーシム(29歳)は、すぐれたサッカー選手になるという唯一の夢をあきらめた、と恥ずかしそうな口調で話した後、こう続ける。

「小中学校時代、ぼくのサッカーの才能は大変なものだったんですよ。当時、イエメン代表チームの一員になることを夢見ていました。ところが、それからイエメンのプロ選手の報酬がスズメの涙ほどで、食べていくこともできないということを知ったんです。それで夢をあきらめたのです。今はサナアの映像会社で映画製作の仕事をしています」

マジドによると、現在の戦争の前まで、イエメンのビッグクラブに所属する選手の報酬は、500米ドル(*当然月給だと思います)にも達しなかったという。

傑出した人材

以上のことに加え、イエメンサッカー連盟のアブドゥル・ワッハーブ・ズルカによると、過去3年間のイエメンの不安定な状況により、連盟のあらゆる活動が妨げられてしまった、と言い、「現在の危機は、イエメンサッカーの様々な課題を増大させました」と認める。

そして、ズルカは、イエメンサッカー界の弱点を、「物質的障害」をはじめとする多くの問題に原因があるとしている。

だが、ズルカによると、あらゆる困難にかかわらず、(2010年に行われた)第20回ガルフカップ(*アラブサッカー連盟(UAFA)が主催する、ペルシア湾岸諸国のナショナルチームによるサッカーの国際大会。この回はイエメンで開催された。イエメン代表は3戦3敗でグループリーグ敗退)にイエメン代表が参加したことを契機に、傑出した人材の選手たちに対する関心が高まり強化も行われ始めた、という。そして、湾岸諸国などで数十人ものプロ選手がプレーするまでになっているのだという。

(*下の写真は、サウジアラビアを中心とする有志連合の空爆で破壊されたザマールのスタジアム)
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データ

サナアの青年スポーツ省事業部門のゼネラルマネージャー、アフマド・トゥワイティーによると、サウジアラビアを中心とする有志連合の空爆により、97か所のスポーツ施設が全壊または半壊した。このうち32か所がサッカー専用施設で、観客席を備えたサッカースタジアやその他小さなスタジアムも含まれているという。

また、戦争に起因する物質的損害の概算額は、6億5000万米ドルを超えるという。

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