サッカーと障害者 シリア反政府派支配地域の医療活動

今回紹介するのは、シリアのイドリブ市のある医療機関が始めたサッカーを活用した負傷者の機能回復訓練プログラムの話。エジプトの有力紙「アハラーム」のスポーツ部門「アハラーム・スポーツ」の記事(ただしおそらくAFPの配信記事だと思います)です。

まもなく戦争が始まってまる7年になるシリア。軍事的にはロシア、イランの支援を受けたアサド政権軍が圧倒的に有利な情勢のようですが、それでも国内には激しい戦闘がくり返されている地域がいくつもあります。

その一つが、シリア北西部位置するイドリブ県および市。ここは紛争初期から反政府側の拠点地域です。ただし、一般の報道ではそうと明示されることは少ないのですが、現在のシリアの反政府武装勢力の中心はアルカーイダ系をはじめとする過激派組織です。

このイドリブ地域の反体制派もそう。ともにアルカーイダの系譜を引くシャーム解放機構やシャーム自由人イスラーム運動といった団体です。いわゆる「穏健な反体制派」はこういった過激派勢力と連携し、もしくはその傘下に入ることで、ようやく命脈をつないでいるというのが実際のところだと言われています。

しかし、今回の記事は、アルカーイダ云々とは関係なく、フットボールファンとしてはうれしいエピソードです。戦争で障害を負った人たちが、サッカーを通して機能の回復や意欲を取り戻していっているということです。

ただ、この手の記事を読むといつも気になるのは、出てくるのって成年男性ばかりなんですね。傷や障害を負っているのは女性や年寄り、子どもたちもいるだろうに、彼らはどうしているのだろうと。とくに女性たちが、長く続くこの危機の日々をどうしのいでいるのか、ぜひ知りたいものです。


元記事URL:
http://sport.ahram.org.eg/News/307044/0.aspx

戦争で負った傷サッカーが癒す

掲載紙:アハラーム・スポーツ
掲載日:2018年2月13日

http://sport.ahram.org.eg/News/307044/0.aspxより

(小見出しは訳者によるもの)

障害者のサッカー

レフェリーのホイッスルを合図に、片足を切断した体を松葉杖で支えながら、一人の若者がキックオフのボールを蹴る。戦争で四肢の一部を失った選手たちが勝利をめざしてプレーする。シリア北西部、イドリブ市のグラウンドで、白熱した試合が始まった。

試合の間じゅう、松葉杖で体を支えながら選手は、巧みな動きを続け、パスをおくる。FWの選手が猛然とゴールを狙う。

腕を失ったGKがシュートをキャッチしようとしたとき、転倒してしまった。先制点が生まれた。観衆が喝采を送る中、GKは必死に立ち上がろうとしている。

選手たち全員、かれらは一般市民であれ、戦闘員であれ、戦争で足や手を失うという障害を負っている。2011年にシリアで勃発したこの戦争により、34万人以上が犠牲となっている。

人生は終わらない

サラーフ・アブー・アリーさん(23歳)は、休憩時間中グランドの片隅で静かに語る。

「なんどもボールが目の前を通り過ぎていくんです。片足でボールを蹴るのは面白いですよ。でも、自分の足が切断されていることを思い知らせれてしまう」

10か月前、サラーフさんが片足を失うことになる砲弾がラッカ市(シリア北部)に投下されたとき、彼は自宅前に立っていた。ラッカは(*2017年)10月、クルド人とアラブ人の部隊が、IS(「イスラーム国」)を放逐するまで、彼らの最大拠点だったところである。

11月(*2017年)初旬、現在19人が参加するこのサッカーチームは活動を開始した。イドリブ専門病院理学療法センターの呼びかけによるものだ。13歳から40歳までの選手たちが週3回2時間の訓練を受けている。

やせ細った体格をしているサラーフさんは、チームに参加する以前の日々について、こう語る。

「ぼくは家に閉じこもっていました。外出しようとは思いませんでしたね。そんな毎日でした」。でも今、「新たな人生が始まったんです」と言う。

選手たちは(*サッカーチームに参加することにおいて)ふたつの目的を設定している。ひとつは、身体機能を伸ばすこと。もうひとつは、(*日常生活に対する)意欲を高めることである。

サラーフさんは生活パターンを大きく変えることで、家から出るようになるなど、すっかり変わってしまった。彼はこう話す。

「体の一部を失ったからといって、その人の人生も終わりだと感じる必要はないのです」

サッカーが生活を変える

1年以上前に設立されて以来、理学療法センターでは、性別、年齢さまざまな900人の治療に当たってきた。患者たちは、四肢の一部を切断したこと、骨折したことについて苦しんでいる。

センターで働く理学療法士の一人、ムハンマド・マルイーさんは、サッカーチームを結成してトレーニングをしてみないかというアイデアに、「若い人たちはすぐに応じてくれました」と話す。そして、(*トレーニングを始めて)ほんの数週間で選手たちの身体機能、それに「心理面や倫理面」も大きく改善してきたのだという。

センターの活動はこれにとどまらない。次の段階では、重量挙げや水泳のトレーニングを取り入れることになっている。

片足を失った元過激派戦闘員

センターは最近、地元の慈善団体の呼びかけで行われたスポーツ行事の一環として、サッカーの親善試合を開催した。試合は、選手たちをオレンジとグリーンのユニホームを着た2チームに分け行われた。

キックオフ前、両チームの選手たちはそれぞれ円陣を組み、激しく腕を動かしたり、片足で飛び跳ねたりしながら、気勢をあげた。

アブドゥル・カーディル・ユーセフさん(24歳)はピッチのサイドにポジションを取り、松葉杖を使って力強くドリブルをする。

ホムス(シリア中部)で理容師をしていた彼は、2011年に始まった反政府抗議運動が武装闘争に転じると、シャーム自由人イスラーム運動(*シリアの主要な反政府武装組織のひとつで、アルカーイダによって設立された過激組織)に加わった。そして2015年の政府軍との戦闘の中で、片足を失った。

試合が終わり、メダルや新しいスポーツシャツやシューズを受け取ると、選手たちは帰って行った。

アブドゥル・カーディルさんが家に着くと、息子が駆け寄ってきて長い間彼にしがみつく。父親は息子の首に誇らしそうにメダルをかけ、笑いながら息子に話しかける。「お父さんが今日取ってきたメダルを見てごらん。おまえもサッカーがしたいかい?」

殺風景な白い壁に囲まれた部屋の真ん中においてクッションの上にあぐらをかき、アブドゥル・カーディルさんは、失った左足について、「精神的に大変なショッキングなことだった」と語る。とくに、紛争が勃発する前、彼はホムス市をホームとするカラーマSC(*戦争が始まる前、シリアのみならず中東諸国を代表する強豪チームの一つだった)のユースチームに所属する選手だった。

薄いほほひげを生やしたアブドゥル・カーディルさんは、皮肉っぽい口調でこう語る。

「(*左足を失った)当初は不便なことばかりでした。走ったりすることもなくずっと時間を過ごしていました。…何年も部屋の中で座っているだけだったんです」

新たなテロで仲間が犠牲に

ところが、アブドゥル・カーディルさんが仲間たちとともにトレーニングを始めるやいなや、彼らは体の機能が回復し、より多くの動作ができるようになるのを感じ始めた。

「トレーニングの後は、自分の体がより強くなったように感じたんです。また、家でも外でも多くのことができるようになりました。…以前は、ガスボンベを運ぶことなんてできなかったんです」

そして現在、ある慈善団体でドライバーとして働くこの若者は、こう続ける。

「ケガをしたからといって人生が終わるわけではありません。…ぼくらは自分のことを信じなければならないんです」

新しい環境に順応しつつあるにもかかわらず、チームのメンバーたちの不安はなくならない。というのも、この土曜日(*2018年2月10日か)、仲間の一人が仕かけ爆弾で犠牲となった。イドリブ市の広場の真ん中でリヤカーを止めものを売っているときのことだった。

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