男子サッカー界への女性の進出(2) シリア

前回に続き、男子サッカー界にコーチやレフェリーとして進出している女性たちに関する記事です。

ある程度ボリュームのある記事なので、シリアサッカー界の女性進出の状況がくわしく知ることができるかなと思っていたのですが、前回記事と以前掲載した女性レフェリーの記事(参照:男子の試合を裁くシリアの女性レフェリー)をミックスさせたような内容でした。ですので、いささか新味に欠けるかもしれません。

しかも話は途中からサッカーから旅客機の女性パイロットの話になり、さらには最後はなぜかその父親の業績を讃え出し、記事は終わっています。ちょっとへんな記事ですね。


元記事URL:
https://www.enabbaladi.net/archives/248992

男性社会で活躍する女性たち シリア

掲載紙:イナブ・バラディ
掲載日:2018年8月30日

(小見出しは訳者によるもの)

シリアの女性たちが労働市場に進出してきた当時、多くの人たちは、中東地域において未曾有の出来事が起こったと感じた。だが、女性たちの進出は医療や教育の分野など、女性の特性に適しているとみなされている限られた分野にとどまっていた。

しかし、近年、男性が独占している様々な分野の仕事で、女性が男性と競合し始めている。たとえば、バスやタクシーの運転手や建設現場でさえ女性が働くようになっている。

女性コーチ第1号

最近、男性の職場(一部の人びとは非伝統的分野と呼んでいる)で挑戦を始めたのは、マハー・ジュンヌードだ。

ダマスカスのムハーファザSCのコーチングスタッフに、アシスタントコーチとしてマハー・ジュンヌードの名前が記載されたというニュースは、多くの人びとにとって驚きだった。シリアの歴史において、女性がこのポストに就いた初めてのことだ。

ジュンヌードは、レバノンのテレビ局「アルジャディード」が8月29日にウェブサイトにアップしたインタビュー記事の中で、次のように話している。

「男子チームでコーチをするということは難しいことではありません。コーチということでは同じですから。わたしは14年間もこのクラブに所属しているので、選手たちのことをよく知っているんです。そのことが仕事をやりやすくしています。この間、私は育成年代から女子チームなどのカテゴリーでコーチをしてきました。それで、トップチームとも何度も練習試合をしてきましたから。ですから選手たちにとってわたしは部外者ではないのです。わたしたちは互いにリスペクトし合っています」

ムハーファザSCのコーチングスタッフは、監督にアニス・スィバーイー監督、コーチにアドナーン・ダフラ、そしてアシスタントコーチにマハー・ジュンヌードで構成されている。

ムハーファザSCはシリア1部リーグ(*日本のJ2に相当。トップリーグはプレミアリーグと呼ばれている)に属する。今シーズンのリーグ戦開幕直前に、クラブはジュンヌードのアシスタントコーチ就任を発表した。

マハー・ジュンヌードはダマスカススポーツ研究所の卒業生で、元選手。これまでコーチとして女子サッカーの分野で様々な経歴を持ち、とくに昨年は15歳以下の女子代表チームコーチをつとめた。

ジュンヌードはインタビューでこう続けている。

「わたしがここまでこれたのは絶え間ない努力の結果です。アジアサッカー連盟のトレーニングや講習を受け、コーチライセンスを取得したんです」

また、(*女性コーチという)自らの存在に対する選手たちの反応はというと、「初日は選手の中には戸惑う姿がいくつも見られましたが、時間が過ぎるとともに、そういったこともなくなり、彼らは状況を受け入れ始めるようになっています」と言う。

ジュンヌードは、軟骨断裂の傷を負い競技を離れるまで、2004年から08年までの間、シリア女子代表選手としてプレーした。

コーチングに関して、ジュンヌードは、国際サッカー連盟(FIFA)が開催した様々な研修に参加している。そしてカタールで、アジアサッカー連盟公認のコーチ資格を取得した。第3回目となるこの研修コースで、ジュンヌードは唯一の女性参加者だった。同研修コースは、アジアのトップクラスの講師のもと、次代の指導者を育成するたのプロジェクトとして行われている。

ジュンヌードは、男子サッカーの世界でコーチとして歩むキャリアの第一歩として、チームがリーグ戦で好成績を挙げ、プレミアリーグに昇格することをめざしている。

マハー・ジュンヌードさん https://www.enabbaladi.net/archives/248992

レフェリーの道を開く二人の女性

ただ、ジュンヌードが、この非伝統的分野で働く初めてのシリア人女性というわけではない。彼女よりも前に、何人かの女性たちがいる。

2018年1月、ティシュリーンSC(*ラタキアに本拠を置くシリアのトップリーグ所属のチーム)は、男子チームの試合でゲームを裁く女性レフェリー第1号として、ラタキアのあるスタジアムで副審を担当したアリーサール・ブドゥールの写真を掲載した。

アリーサールはスポーツ一家の出身。兄(*あるいは弟)のウンマール・ブドゥールも1部リーグでレフェリーをつとめている。アリーサールはすでに国際レフェリーのライセンスを取得している。アリーサールとウンマールの父親は、元サッカー連盟レフェリー、タラール・ブドゥールである。

アリーサール・ブドゥールさん https://www.enabbaladi.net/archives/248992

ところで、アリーサールは、男子の試合で審判をつとめたシリア人女性第1号ではない(*ティシュリーンSCの説明は誤りということ)。彼女より前に、ラバー・ザルカーがいるからだ。

ザルカーは、2011年2月、ダルアー(*シリア南部の都市)で行われた育成年代の一部リーグの試合、シュウラ対イッティハード戦で、副審として出場している。

ザルカーは、国際サッカー連盟(FIFA)の国際レフェリーに認定された初のアラブ人女性で、シリアの一部リーグのいくつかの試合で、審判をつとめている。

FIFAの規定には、男子の試合で女性が試合を裁くことを禁じておらず、男性がレフェリーをつとめることを定めた規定もない。

ウィダード・シュジャーウ機長

1998年、ダマスカスからカイロに向かうある旅客機の中で、乗客たちは、女性の声で「こちらは機長のウィダード・シュジャーウです。本日はボーウング727にご搭乗ありがとうございます」との機内放送を耳にして驚かされた。

それは、ウィダード・シュジャーウがダマスカス国際空港からカイロ空港行きの旅客機を操縦する初フライトだった。シリア人女性パイロット第1号である。

ウィダード・シュジャーウは、パイロットであるアドナーン・シュジャーウの娘。シリアの航空業界に進み、訓練のため、アメリカに派遣された。

ロンドンで発行されている新聞「ハヤート」1999年10月9日付けで、ウィダードは女性第1号としての自らの経験について語っているが、その中で、航空業界にアラブ人女性の進出が遅れていることに言及している。

彼女は、エアバス320の機長として、シリアからヨーロッパの多くの国々にこれまでなんども飛行している。

また、様々なメディアのインタビューの中で、家族や友人、それに彼女が操縦したフライトの乗客から受けた励ましについても語っている。

ウィダード・シュジャーウ機長は1979年、シリア南部のスワイダー県生まれ。2児の母でもある。

ウィダード・シュジャーウさん https://www.enabbaladi.net/archives/248992

父親のアドナーン・シュジャーウも航空業界において高い名声を得ている。1980年代、パリ近郊のオルリー空港を離陸した直後、操縦室に雷の直撃を受けながらも(*無事に)空港に引き返すという出来事があった。

事故のすぐ後、当時のフランス大統領フランソワ・ミッテランは、このシリア人機長に勇気勲章(*他に適当な日本語があると思います)を授与した。

さて、アラブ諸国を見てみると、民間航空機のパイロットとして働くことに関し、アラブ人女性たちは多くの困難を抱えているのが現状である。

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