カタールとベルギーの経験から学ぶ シリアサッカーは復活するか(3)

アジアカップでの敗退を受けて、シリアサッカーの現状に言及した記事の3分割めです。

今年初めのアジアカップで優勝したカタールと、昨年のワールドカップで躍進したベルギー代表の経験を紹介しています。

この記事、1回めはサッカー連盟内の内紛、2回めは国内の未整備で行き当たりばったりのプロ化事情に関する内容でした。正直いって、記事を読んでいて、組織の問題点、後進性をいくらあげつらっても、どうにもならないんじゃないかなあと感じていました。ところが今回は趣がちょっと違います。

現在世界ランキング1位を数カ月間保持しているベルギーはついこの間まで、70位台だったんですね。今のシリアは84位(昨年までは73〜74位だった)ですので、同じようなレベルといってもいいでしょう(ただこのランキングは実際の実力を反映していないとよく指摘されますが)。

カタールなんて、アジアカップ優勝後の今でこそ55位まで順位を上げていますが、昨年までは90位台でシリアのほうがずっと上位にいたわけです。

それを思えば、シリアだって躍進は可能なんじゃないかという気がしますが、しかしそれを成し遂げるには、サッカー連盟、クラブなど関係者が一体となり、国をあげての選手の長期育成システムが不可欠です。サッカーが露骨に権力闘争の具とされ、振り回されている国、あるいは長期にわたる戦争で国家も人びとも疲弊している状況下では、なかなか難しいかもしれません。

本文に出てくるカタールの国家的選手育成機関「アスパイア・アカデミー」については、以下の記事でくわしく知ることができます。
カタール代表が強くなった理由、「アスパイア・アカデミー」がエグい

(下の写真:アジアカップ決勝をドーハ市内に設置されたパブリックビューイングで観戦するカタールの人々)
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世界は進歩する中なぜシリアは停滞するのか…シリアサッカーは復活しない(3)

掲載紙:イナブ・バラディー
掲載日:2019年2月3日
執筆者:ムハンマド・ホムス、ムラード・アブドゥルジャリール(イナブ・バラディー調査班)
URLhttps://www.enabbaladi.net/archives/280135

(*は訳注 )

成功事例──どん底から頂点へ

次の二つの成功事例は、シリアにとってさほど遠い世界の出来事ではない。一つは、ロシアで行われたワールドカップでのベルギー代表、もう一つは、UAEで幕を閉じたアジアカップでのカタール代表のケースである。

アジアカップは、カタール代表が初めてとなる優勝カップを掲げて閉幕した。カタールはゴールを一つも許すことなく、日本との決勝戦にのぞんでいた。これはアジアの主要大会で過去どのチームも成し遂げることができなかったことである。

このカタール代表の快挙の背景には、世界の強豪チームとたたかえる新しい世代の育成に向け、強力な基盤を構築し始めた試みがある。ここでいう強豪チームとは、数カ月前のワールドカップで、史上初めてドイツに勝利した韓国や、アジアで唯一決勝トーナメントに進出し、ベルギーに勝利してベスト8進出寸前までいった日本といったチームのことだ。

「アスパイア」…躍進したカタールの核心

カタールは、「アスパイア」アカデミーという育成組織の設立を契機に強化を始めた。「アスパイア」とは、2004年に設立された「アスバイア・ゾーン」の一施設で、カタールのスポーツ史上、重要な役割を果たしているものだ。

このアカデミーは、アフリカ、ラテン・アメリカ、極東などの発展途上国の950地域で600人近い子どもたちを調査するなど、国内国外14カ国で才能あるサッカー選手の発掘に努めている。

カタールは、2014年の19歳以下のアジア選手権で優勝しているが、メンバーはアカデミーが見出し、育成し、そしてヨーロッパのクラブで経験を積ませた選手たちだった。彼らは、スペインのアトレティコ・マドリード、ビジャレアル、レアル・ソシエダ、レアル・マドリード、スコットランドのセルティック、ベルギーのオイペン、オーストリアのレッドブル・ザルツブルク、フランスのオセールに送り込まれた。

カタール代表の進歩は、時間をかけたもので、遅々としたものだったことも注目される。最近の成功を収めるまでには、多くの失敗があったのだ。たとえば、ワールドカップ予選では強豪国の前になすすべなく敗れ去っている。だが、アンダー年代の各カテゴリーの代表チームは結果を出しており、アジアカップではそのことが注目されていた。

2014年の19歳以下のアジア選手権優勝の世代は、カタールでは最高に期待されている。当時のメンバーのうち8人が現在のフル代表のレギュラーで、アカデミーが子どもの頃から磨き上げ、育成してきた選手たちだ。アルマエズ・アリー、アクラム・アフィーフィー、サーリム・ハージリー、アースィム・マーディブー、ターリク・サルマーンらである。

現在のカタール代表の際立った特徴は、若手が中心となっていることだ。アジアカップ登録メンバーのうち25歳以下の選手が14人、うち11人が23歳以下のオリンピック代表なのである。

どん底から頂点に立ったベルギー

現時点で最高のチームと言われるベルギーの試みにおいて、ベルギーサッカー史上最高とされる豊富な若年層のタレント集団とその成長が注目される。

ベルギー代表は、ロシア・ワールドカップで準決勝まで進出し、銅メダルを獲得した。これは偶然そうなったとか、運が良かったといったものでは決してない。計画された結果である。ベルギーは2007年、世界ランキングで71位となり、過去最悪を記録していた。それが今、数カ月間連続でランキング首位に立つまでになっている。

「赤い悪魔」の名で知られるベルギー代表は、2002年のワールドカップでの敗退後、2014年のブラジル・ワールドカップの出場権を獲得するまで、12年にもわたって、ワールドカップやヨーロッパ選手権(ユーロ)といった主要大会の本戦に参加することができなかった。ブラジル・ワールドカップでは準々決勝でアルゼンチンの前に惜敗している。

2002年のワールドカップ終了後のベルギー代表は、才能ある選手の枯渇と、マルク・ヴィルモッツなどの主力選手たちの引退で苦境に陥っていた。代表を引っ張っていく世代も登場しなかった。弱年層からの再建に迫られていた。

アンデルレヒトやクラブ・ブルッヘ、スタンダール・リエージュ、ゲンクといったクラブは、若い才能の発掘と彼らをヨーロッパの他のクラブで経験と積ませる計画を進めた。そして、最初のステップとして、ゲンクからはケヴィン・デ・ブライネ、ティボー・クルトワ、スタンダール・リエージュからはクリスティアン・ベンテケ、ケヴィン・ミララス、マルアン・フェライニ、アンデルレヒトからはヴァンサン・コンバニ、ロメル・ルカクといった選手たちを輩出した。これらのベルギーのクラブは彼ら若いタレントをプロ選手として、ヨーロッパのビッグクラブへの移籍を推し進めた。

ベルギー代表の中に、様々なビッグクラブにこれだけの選手が在籍する選手がいることはかつてないことだった。現在、イングランド・プレミアリーグではおよそ15人のベルギー人選手がプレーしているが、うち10人が代表チームに招集されている。

今のベルギー代表の主力は、2002年の時点で将来を期待されていた選手たちだった。エデン・アザール、ケヴィン・デ・ブライネ、ルカク、ヴァンサン・コンバニ、ドリース・メルテンスの写真は、彼らが若い頃から紙面に掲載されていた。ベルギーのメディアは将来彼らはワールドカップで優勝するだけの可能性を持つと報じていた。

ベルギーサッカー界の幅広い視野をもつ育成計画の成果は、2008年の北京オリンピックで現れ始めた。同大会でベルギーは史上最高の成績となる4位に入った。

カタールとベルギーの両代表チームには二つの共通点がある。一つは、少年時代からの才能の発掘であり、もう一つは、3つの原則に基づいた彼らの育成である。その原則とは、プロ意識を持つこと、レフェリーをリスペクトすること、相手選手をリスペクトすること──の3つである。これらの原則は、順守し続けることとして、ぶれることなく選手たちに課せられている。


シリアサッカー 数えるほどしかない成果

シリアサッカーは、多くの有名選手,才能豊かな選手を擁している。たとえば、過去には、マーリク・シャクーヒー、ジョルジュ・フーリー、ニザール・マフルース、ワリード・アブルサッル、アブドゥル・カーディル・カルダグリー、現在も、フィラース・ハティーブ、ジハード・フセイン、オマル・スーマ、オマル・フリービーンといった選手たちだ。にもかかわらず、片手で数えられるほどしか成果を残していない。代表は、アラブでもアジアでも、そして世界でも見るべき成果を達成することができずにいる。

シリアのフル代表は、これまで二つのタイトルしか獲得していない。

一つは、1987年(*原文では1986年とあるが間違い)にシリアのタラキアで開催された地中海競技大会での金メダルである。ところが皮肉なことに、それ以降4年ごとに開催されるこの大会にシリアは参加していない。

スポーツジャーナリストのウルワ・カナワーティー氏がイナブバラディーに語ったところによると、大会不参加はバアス党地域指導部の命令に基づくものだ、と言う。つまり、大会に出場しなければ負けることもないので、そうすれば金メダルを保持し続けることができるからだ。

もう一つのタイトルは、2012年の西アジア選手権の決勝で、イラクに1−0で勝ち、優勝したときのものである。

世界の舞台では、シリア代表は、ワールドカップ予選にこれまで14回参加しているが、この世界サッカーの祭典への出場権を獲得したことは一度もない。

ただ、過去に2度出場に近づいたことがあった。一度めは、1986年大会(*メキシコで開催、優勝はアルゼンチン。アジアからはイラクと韓国が出場)である。アジア予選のイラクとの最終ラウンドまで進出したものの敗れた。

二度めは、2018年大会である。オーストラリアとのアジア予選フレーオフに初めてコマを進めたが、2試合たたかい1敗1引き分けで敗れた。

シリアは、ワールドカップ予選に1958年に初めて参加して以降、これまで101試合行い、45勝23引き分け33敗という成績である。

一方、アジアカップには、本大会に6回出場。最近ではUAEで開催された前大会にも出場している。だが、6回とも1次リーグ(グループステージ)で敗退している。

シリアは、1980年大会に初出場して以降、アジアカップ本大会で21試合行い、7勝3引き分け11敗という成績である。

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