戦争で選手生命を失いかけた司令塔

1月9日(2020年)行われたU23アジア選手権のシリアの初戦カタール戦。レベル的にさほどではなかったかもしれないゲームでしたが、両チームの選手の気合があふれ、サッカーの楽しさを味わえました。

この試合、シリアで最も印象的なプレーをしていた一人が、10番をつけトップ下でプレーしていたカーミル・カウワーヤです(大会ホームページに記載されている選手登録名は「Koaeh」となっており、NHKの実況では「コアエフ」と呼んでいたので東欧系なのかもしれません)。一見スペインのシャビに似た顔つきの選手です。相手に囲まれてもすいすい抜いていくテクニックはかなりのものでした。

気になったので、同選手について調べてみました。以下、「KOOOORA」というサッカー専門サイトに2019年7月12日に掲載された記事「مواهب على الطريق : كامل كواية نجم استثنائي في الكرة السورية」から紹介します。

英雄ハティーブの後継者

カーミル・カウワーヤ(コアエフ)は1998年ダマスカス生まれ。現在国内では最も才能ある選手の一人として嘱望されており、昨年現役引退した国民的英雄フィラース・ハティーブの後継者と評されているようです。

アレッポのイッティハード(シリアの名門クラブの一つ)の下部組織でキャリアをスタート。その後ショルタ・アレッポに移籍したものの、戦争のため2015年にショルタ・ダマスカスに移籍するまで選手活動を中断していたんだそうです。中断期間がどれくらいかはわかりません。

戦争からの復活

戦争が始まったのが2011年ですから、カウワーヤ(コアエフ)は当時、まだ13歳くらいのはずです。考えてみれば当たり前のことですが、すでに代表クラスの選手や国内のトップリーグで活躍している選手であれば、戦火を逃れ、国外のクラブやシリア国内でも相対的に安全なチームに移籍する道はあったでしょうが、中学生選手にとって、サッカーを続けることはかなり困難だったことでしょう。とくに彼のいたアレッポは激戦地の一つでしたからなおさらです。サッカーどころか生きのびるのに精一杯という状況だったのかもしれません。

現在タイでたたかっているチームメートの中にも、おそらくカウワーヤ(コアエフ)と同様な状況を生き抜いた選手もいるんじゃないでしょうか。そして不幸にもサッカーを続けられず、消えて行った選手も大勢いたかもしれません。

で、カウワーヤ(コアエフ)は2015年にショルタ・ダマスカスに移籍するや、すぐさまプレーで強烈な印象を与え、いきなり2015年にチリで開催されたU17W杯の代表メンバーに選ばれ、また、今のオリンピック代表にも選ばれ、昨年インドネシアで開かれたアジア大会にも出場しています。その後ショルタでの活躍が認められ、フル代表にも選出されているようです。

カウワーヤ(コアエフ)は高い集中力と気迫、決定力を特徴とする選手として知られ、所属のショルタでは13ゴールを上げ、若手有望選手の一人としてその才能を証明しています。そして現在、その攻撃力、正確なパス、決定力でファンを魅了し、スタジアムやSNSでは最もくり返し話題とされる選手の一人になっているそうです。

シリアをW杯へ

今シーズン開幕前、カウワーヤ(コアエフ)には国内からはもちろん、ヨルダンやキプロスのクラブからレンタルでの移籍オファーがあったそうですが、ショルタはクラブの財政が厳しいにもかかわらずこれらをすべて断ったと言います。

これについてカウワーヤ(コアエフ)は、自分の夢はフル代表に入ってW杯に出場すること、そしてアラブのビッグクラブに移籍することなので、全然気にしていないと言っています。

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