戦時下、ロシアW杯アジア予選をたたかうシリア代表チームを追ったアメリカのスポーツ専門チャンネルESPNのルポ2分割目です。
前回は、5年ぶりに代表復帰を決断しようとしているハティーブ選手の逡巡や、政権がサッカーに介入しているとの批判に対するFIFAの対応などについてでした。今回は、3次予選序盤、サッカー以外の理由で翻弄されるチーム事情、独裁政権のもと、代表チームでプレーする選手たちの置かれている立場などについて言及しています。
原文は英語記事で、以下で読むことができます(アラビア語記事とは若干差異あり)。
How the Syrian government brought soccer into campaign of oppression
前回のハティーブ選手が代表に合流するのは、この時期よりずっと後、3次予選の後半戦に入る頃からです。参考までに3次予選でのシリアの戦績をあげておきます。
・2016.9.1 タシケント 29,100人(入場者数。以下同)
ウズベキスタン 1-0 シリア
・2016.9.6 スレンバン 4,350人
シリア 0ー0 韓国
・2016.10.6 西安 37,368人
中国 0ー1 シリア
(シリア側得点者:マワース)
・2016.10.11 ドーハ 9,940人
カタール 1ー0 シリア
・2016.11.15 スレンバン 4,560人
シリア 0ー0 イラン
・2017.3.23 マラッカ 350人
シリア 1ー0 ウズベキスタン
(フリービーン)
・2017.3.28 ソウル 30,352人
韓国 1ー0 シリア
・2017.6.13 マラッカ 4,737人
シリア 2ー2 中国
(マワース、サーリフ)
・2017.8.31 マラッカ 300人
シリア3ー1 カタール
(フリービーン2、マワース)
・2017.9.5 テヘラン 62,165人
イラン 2ー2 シリア
(ムハンマド、スーマ)
●ロシア・W杯アジア3次予選グループA最終順位
チーム | 勝点 | 得失差 | |
1 | イラン | 22 | 8 |
2 | 韓国 | 15 | 1 |
3 | シリア | 13 | 1 |
4 | ウズベキスタン | 13 | -1 |
5 | 中国 | 12 | -2 |
6 | カタール | 7 | -7 |
独裁者の代表チーム(2)
掲載紙:ESPN アラビア語版
掲載日:2017年7月2日
執筆者:スティーヴ・ファイナル
URL:
https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabic
(小見出しは訳者によるもの *は訳注)
第2回(全6回)
「とにかくすごい、すごすぎる人物ですよ」 マレーシア・スレンバンにて
漂流
9月のある暑い日の午後、外は危険なまでにひどい豪雨だ。ロイヤル・ビンタング・リゾート&スパ・ホテルのロビーで、白いシャツを着たシリア代表の選手たちが、練習場に向かうためのバスを待っていた。W杯アジア3次予選が2016年9月から翌年9月まで行われるが、ここスレンバンは、シリアの「ホーム」となる予定の町だ。
シリア代表は親から見捨てられた孤児のように、一つの避難所から別の避難所へとさまよってきた。通常なら、シリア代表のホームでの試合はダマスカスかアレッポで行われる。しかし現在、FIFAはシリア国内での国際試合開催を禁じている。同国での試合は選手や観客の安全が保証できないからである。2次予選ではシリアは(*ホーム扱いの試合を)アンマンで行ってきたが、3次予選では、同じ中東地域の中で彼らの試合開催を引き受けてくれる国を見つけることができなかった。
3次予選初戦の数日前、マカオがいったんは開催を引き受けると申し出たものの、その後撤回してしまった。チームは失格の瀬戸際に立たされた中、シリアからインド洋を隔て4700マイル離れた工業都市であるスレンバンに本拠を構えることになったのである。
数日前、スレンバンでマレーシア独立記念日の式典が行われた。会場は愛国的なスローガンや赤、白、青など色とりどりの多くの旗で埋め尽くされていた。旗はシリアの選手たちの頭上で嘲るようにはためいていた。旗にはこんなスローガンが書かれていた。「わたしはマレーシアの子だ」。選手たちの表情にはひどく疲弊した様子がうかがえた。疲れ果てたような彼らの目は、これはいったいいつになったら終わるんだと訴えていた。
シリアにとっての3次予選の初戦は3日前、ウズベキスタンで行われたが、0−1での敗戦スタートとなった。その後チームの(*3次予選での)新たな「ホーム」がマレーシアに決まったことを受け、彼らはウズベキスタンの首都タシケントからイスタンブールへ、そしてクアラルンプールへと20時間かけて移動した。そこからさらに硬いバスのシートに揺られ40マイル離れたスレンバンに到着したのである。
チームキャプテンのアブドゥル・ラーザク・フセインは、「ぼくらははじめ、行き先はカタールになるだろうと聞いていたんだよ。それがレバノンかマカオになるだろうということになっていたんだけどね。いったいどうなっているのかぼくにはわからない。こういったことを拒否したり、受け入れられないと言うわけにもいかないしね」と話す。
2日後の夜、第2戦となる韓国戦が待っている。過去10年、W杯予選がシリア国内で開催されるときは3万5000人以上もの観客がつめかけていたものだ。選手たちは韓国戦には観客は何人やってくるだろうと予想しあった。ある選手が笑いながら言った。「せめて3人は来て欲しいな!」
大統領はチームの細部まで把握している
シリア代表が抱えている課題の大きさを考えると、これまでのチームの健闘ぶりは、予想外のもの、いや衝撃的なものだ。ロジスティクス面での困難に加え、主力選手たちは代表を離脱し、国外に去ってしまっている。また、チームが財政的に困窮しているのは明らかだ。国連やEUがシリアに対して科している制裁のため、FIFAも同国の育成のために支出してきたすべての資金を凍結している。
スレンバンでは、チームは設備が劣悪な地元のグラウンドでトレーニングを行っているが、その使用料3500ドルの支払いも免除してもらっているほどだ、とチームの事務担当責任者であるカティーバ・ラファーイーは言うが、彼自身、無給で働いているのだ。
そのシリアは2次予選ではグループで日本に次いで2位に入り、3次予選進出を決めた。シリアがここまでW杯出場に近づいたのは31年ぶりのことだ。FIFAは公式ウェブサイトで、困難な環境や制裁下で、W杯出場めざして英雄的にたたかうこのつましいチームのいくつもの物語を紹介し賞賛している。「シリアが成し遂げたこと…奇跡という言葉だけでは言い表せない」。これが昨年(2016年)2月、サイト上に載ったある記事のタイトルである。
だが、これらの物語は、一つの事実を故意に見落としている。つまり、シリア代表は、自国民に対する戦争犯罪を告発されている政府を代表しているという点だ。
ところが、FIFAは、代表チームは政治的に中立だ、と一般に思わせているアサド政権の主張を受け入れているのだ。シリアサッカー連盟副会長で、代表チーム委員会(*日本サッカー協会の技術委員会に相当する機関だと思うのですが、確かなことはわかりません)責任者のファーディ・ダッバースは次のように述べる。
チームの第一の目標はW杯の出場権をつかむことであるが、われわれは「(*自分たちのプレーを通して)シリア国民が団結することを熱望しており、シリアが健在だと世界中の人々に証明しようとしています。そして代表チームはシリア全体を代表しているのです」
ところが、ダッバースはこんな見解も明らかにしている。
代表チームは「大統領の名のもとに」プレーしているのだと。チームのバックにはアサド大統領と政府がついている。「シリアで暮らすいかなるシリア人もアサド大統領を代表しているのです。また、大統領アサド閣下、アサド博士はわれわれを代表しているのです。われわれは大統領のことを誇りに思っていますし、大統領が成し遂げたことを誇りに思っています。そして大統領がシリアのために尽くしてくれたことに対し、感謝の気持ちをおくりたいと思います。そして、われわれは大統領の指導のもと大統領とともにあり、大統領を助けるのです」
さらにこう続けた。「アサド大統領は代表のあらゆる試合をごらんになっており、チームの詳細に至ることまで自らフォローされていますよ」
代表選手は政府支持か
実際のところ、現在のシリア代表チームが、国民の統一的な立場を代表しているわけではないことを示す多くの証拠がある。むしろ、やさしい顔をしたマスクの下には、独裁的で野蛮な最も醜悪な素顔が隠されているのだ。
2015年11月、シンガポールで、代表監督と選手、チームの広報担当者が、アサド大統領の写真が入ったシャツを着て、試合前(*ロシアW杯アジア2次予選)の記者会見に現れた。するとシリア人の難民たちの間でこんなコメントが猛烈な勢いで(*おそらくSNS上で)拡散した。
「ファジル・イブラーヒーム(*この時の代表監督)は、アサド大統領が世界で一番すばらしいと言いたいために、W杯の舞台を悪用した」
イブラーヒームはW杯アジア3次予選ではチームを率いていないが、クアラルンプールでESPNネットワークによる即席のインタビューでは、まずバッシャール・アサドへの賞賛の言葉を口にした。
「私たちの大統領はその職にふさわしい人物です。彼は実際すごい、いやほんとすごすぎる人物ですよ。彼なしではシリアは崩壊してしまうでしょう」
アサド政権に反対したことを理由にシリアでは数千人もの人々が殺されたり拷問されたりしている。代表チームに所属しているからといって、その選手が政権を支持しているかどうか判断するのは難しい。
スポーツライターで、シリアのスポーツ選手に対する人権侵害についてくわしいアナス・アンムは現在、トルコのメルスィンで、スポーツ選手の代理人として働いている。アンムによると、シリア代表チームの中には、自らの親戚・縁者が体制側によって投獄されたり逮捕されている選手が数人いると言う。
「わかりやすく言うと、彼らは代表でプレーすることを強いられているんですよ。そうしないと、おそらく自分たちの家族が政権によって殺されてしまいますから」
アンムは、選手本人と家族の身の安全を守るために、これらの選手の名を伏せることを求めた。そして、恐怖を唯一の動機として代表でプレーしている選手が2人いると付け加えた。というのも、政府は選手たちの身分証明書や渡航のための特別の書類を握っているからだ。当局は選手たちの特別なパスポートを没収することもできる。そうなると、選手は国外でプレーすることがいっさいできなくなってしまう。その一方、アサドに対する忠誠心を持っている選手も存在している。
アンムは続ける。もし、選手たちが渡航関係の書類やパスポートを自らで保持することが可能となったら、ほとんどの選手は代表から去っていくだろう。
再び奇跡が始まる
9月の蒸し暑い夜、時差で疲労困憊したシリア代表の選手たちは、スレンバンのトゥンク・アブドゥルラフマン・スタジアムのピッチに降り立った。試合の入場料は無料、しかし約4万5000人収容できる観客席には、サポーターは5500人にも満たない。シリア人は数百人おり、大半がクアラルンプールで学ぶ学生だった。彼らはスタンドのコーナーサイドの中段からチームに声援を送った。
アジアの強豪チームである韓国は、ときおりシリアゴールに迫るが、なかなか得点が奪えない。シリアは初の勝点を得るため、ほとんど0−0の引き分け狙いに来ていた。大半の時間帯において、芝生を蹴ったりして時間かせぎをしている選手もいた。
時計が進むとともに、シリアのサポーターたちはアサド大統領の肖像が入った、座席20段分もある巨大な幕を広げ始めた。そして、サポーターたちは飛び跳ね、足で地面を揺らし、「シリア! シリア!」と声援を送るのである。すぐさま、(*スタジアムを警備していた)マレーシアの警備員たちがスタンドのこの集団のところに駆け込んできて、幕を撤去させた。
スコアレスドローを告げるレフェリーの笛が聞こえると、シリア代表のコーチがアクロバティックな動きで喜びを表し、選手たちはピッチに倒れ込んだ。
「今日の結果は単なる健闘ではありません。奇跡と呼ぶのがふさわしいものです」試合終了直後、キャプテンのアブドゥル・ラザーク・フセインは言った。「今日、シリア代表が勇敢なチームであることを証明できたと思います」(続く)