独裁者の代表チーム(3) 投獄・拷問された選手たち

ロシアW杯アジア3次予選が行われていた時期のシリアに関するルポルタージュの3分割目です。これで全体の半分ほどの紹介が終わりました。今回は、ベルリンでシリア難民たちによって結成された「自由シリア」と名付けられたサッカーチームに集う選手、監督たちの証言を通して、当時のシリアの痛ましい姿が語られています。

戦時下において、当事者たちは相手を陥れるためにあらゆることを行うものだと思います。現在のシリア政府は、2011年に戦争が勃発する以前から、独裁体制で反対派がほとんど国内で活動できないような状況を作り出していました。反政府的言動をとる人への暴力や刑務所での人権侵害の話は、しばしば耳にしていました。なので、戦時下の今、以前にも増してひどいことが刑務所内で行われていることは十分予想されるところです。少なくとも戦争前より処遇がよくなっているなんてことはちょっと考えにくいでしょう。

しかし、ESPNというアメリカの巨大なスポーツ専門チャンネルによるこの記事は、もっぱら反体制派に関わりのある人々の証言をもとに構成されていることには注意を要すると思います。ここで語られていることに近い事実があるのは本当なのかもしれませんが、現地取材や証拠書類、幅広い情報をもとに事実に迫っているわけではありません。本文中、アムネスティ・インターナショナルの調査結果が引用されていますが、これは発表当時からその真偽について疑問視する指摘がなされています。

とはいえ、記事で紹介されているジハード・カッサーブという元スター選手が行方不明のままでいること、それに対してシリアサッカー連盟幹部のとる冷淡な態度は、現体制側に対する不信感を増幅させますね。近い将来、真相が解明されることを願います。

なお、このルポの趣旨からは外れますが、ドイツのサッカー環境のすばらしさを垣間見ることができます。アマチュアチームだというのに、クラブハウスや練習場を持っているんというんですから。


独裁者の代表チーム(3)

掲載紙:ESPN アラビア語版
掲載日:2017年7月2日
執筆者:スティーヴ・ファイナル
URL
https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabic

(小見出しは訳者によるもの *は訳注)

第3回(全6回)

「人間屠殺場」
ベルリンにて

「自由シリア」チーム

2月のひどく凍りつくような午後、SVブーフホルツというクラブのゲストルームに、20人以上ものシリア人難民が競うようにやって来た。

ブーフホルツは「ベジルクスリーガ」と呼ばれるドイツのアマチュアサッカーリーグに所属するクラブだ(*ドイツの国内リーグはブンデスリーガを頂点に下は13部くらいまであるらしい。3部までがプロリーグで、それ以下はセミプロ、アマチュアリーグです。ベジルクスリーガは7〜9部に相当するようです)。灰色のクラブハウスは、ベルリン北東部の住宅街の通りから隠れたところにある。サッカー場はクラブハウスの裏側だ。

シリアチームのメンバーたちは次々にしわくちゃの紙袋から緑色のシャツを取り出す。建物の窓には、シリア革命旗──黒、白、緑の帯状の水平ラインをバックに3つの赤い星が描かれている旗が掲示されている。

トルコとドイツにおいて、少なくとも2つの「自由シリア」チームがエキジビションマッチを行ってきた。この2チームには、シリアの国内リーグの元プロ選手たちも含まれている。シリア難民は600万人に達するとみられており、これはマサチューセッツ州の人口とほぼ同じである。

監督のサアド・ディーンによると、ドイツのこのチームは、「体制側に弾圧された人々を代表しており」、その中には、「祖国の犠牲となったスポーツ選手も含んでいます。このチームは、アッラーの思し召しがあれば、自由シリアを代表する公式代表チームとなるでしょう」と言う。

ブーフホルツのメンバーたちも次々にやってくる。彼らは(*シリア人の選手たちを)気にする様子も、関心もないようだ。彼らの更衣室からは電子音楽の反響音が聞こえてくる。建物全体が振動しているようだ。彼らのほとんどは金髪で、あたかもドイツの観光用ガイドブックから抜け出してきたような特徴を備えている。

一方、シリアチームの選手たちは、新しいユニフォームを身にまとってはいるものの、疲れ切り、精神的にまいっている様子がうかがえる。サアド・ディーン監督(年齢は35歳なのだが実際より10歳以上老けて見える。また、黒い頭髪、ハンターのような目をしている)は、「チームにはシリア国内で負傷したり、拘束された経験を持つ選手が大勢いるんです」と話す。

サアド・ディーンはもうずいぶん前、シリアではMFの選手だったが、今はプレーすることができない。ホムス包囲戦(*2012年〜14年)のとき、彼は膝にスナイパーによる銃撃を受け、プレーすることがまったくできなくなってしまった。また、建物から女性と子どもを救出しているとき、迫撃砲でけがを負っている。現在オーストリアで暮らしているのだが、逃れてきた同国で、医者の治療を受けたところ、背骨が5本折れていることがわかったという。

サアド・ディーンは控え室で選手たちに対しこんな激しい檄を飛ばした。

「おい、みんな。われわれは責任を背負っているんだぞ。私はきみたち一人ひとりがその責任を果たすことを期待している──世界に対し、この政権がどれだけ犯罪行為をしてきたのか知らしめようじゃないか。スポーツ選手たちや投獄した人たちに対して何をしたかね。彼らについて語ることはわれわれの義務なんだ。…われわれはわれわれの声を届けなければならないし、世界中の人々に聞いてもらわなければならない。政権の本質を覆い隠しているものを剥ぎ取り、世界中に暴露しなければならないんだ。そうすれば、世界はシリアではまだ革命が続いていることや、自由シリアの英雄的な選手たちがいることを知ることになる。きみたちが自由シリアチームの選手であるとき、きみたちは数百万人を代表することになるんだよ」

「拷問群島」

自由シリアチームの選手の一人、ジャービル・クルディは2013年、ハマ(*シリア中部の都市)で政権側によって拘束された。ハマではタリーアというチームに所属していた(*タリーアは国内トップリーグに所属するクラブ)。クルディによると、彼は反政府側の支持者である。とは言ってもこれまで一度も誰かに向けて銃を撃ったことはないという。クルディはピンク色の両方の手のひらを広げて尋ねる。「こんな手で武器が持てると思いますか? ぼくの手より女性の手の方が大きいんじゃないかな」

クルディはこれまで反体制派のデモに参加したり、避難してきた人たちに住居や衣類を提供する活動をしてきたと言い、こう付け加えた。「ぼくは血が嫌いだし、血が流れるのを見るのも嫌いです。でもね、ハマの公園や通りで眠っている避難民たちの姿を見たとき、ぼくはその光景を看過することができなかったんです」

人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アサド政権の張りめぐらされた刑務所ネットワークのことを「拷問群島」と表現している。クルディは自らの拘束生活についてこう説明する。

拘束は裁判なしで9カ月にわたり、ハマ、ホムス、ダマスカスの拘留施設を転々とさせられた。「パレスチナ」と呼ばれるダマスカスにある軍事情報局の分署でのことだ。看守たちは彼の両方のつちふまずをゴム製のホースで殴打し、電線を彼の頭に巻きつけるという拷問を加えた。1週間、座ることも動くこともできない小さな檻の中に入れられた。

「檻の中は寒くてね。看守たちはやってきたと思うと冷水をかけてどこかへ行ってしまうのです」

毎日5分間、トイレのために外に出ることが許された。看守たちはときおり、カビの生えたパンの切れ端を檻の扉の前に置いていった。

25歳のこの若者は、繊細そうな表情、剃って3日目のようなあご髭が印象的だ。目の下には黒いくまができている。看守たちはクルディを軍事判事のもとに召喚した。判事は釈放を言い渡し、拘束期間が終わった。看守は空っぽの財布など彼の所持品を引き渡すとき、腕を無理やり引きよせ、クルディの親指をナイフで傷つけた。

クルディはそのときついた大きな傷跡に手をやりながら、看守から言われた言葉を口にする。「こうしてやると、お前はいつでもおれたちのことを思い出せるだろ」

ドイツにたどり着いて以来、クルディは慢性的に見るようになった悪夢についての治療を受けている。爆撃されたハマのまちの通りのあちこちで治安機関の男たちに追い回されるという悪夢だ。

「胸が痛むのです。アッラーにかけて、ぼくはここでは幸せではありません。ドイツ政府はぼくたちを迎え入れてくれ、安全と安心を与えてくれています。このことにはほんと感謝しています。でも、心の面では幸せではないのです。祖国ではぼくの家族や国民が虐殺されているんです」

そう話すとクルディは、感情を抑えることができず、泣き崩れた。

自由シリアチームの別の選手、バーシル・ハワーは、「われわれ政府軍がわれわれの家族を殺している」ことに気づいた後、軍から脱走しようとして、逮捕されたと言う。ちいさな監房に12人の拘留者と一緒に収容された。監房では地面に穴を掘って排便しなければならなかった。2014年、アサド大統領が恩赦を発表、これによりハワーも釈放された。その後まもなく、ドイツへ逃亡した。

こつ然と消えたスター選手

自由シリアチームについて語られる際、必ず名前が挙がる選手がいる。だが、その選手はベルリンにはいない。

ジハード・カッサーブは40歳代の初め引退したMFである。ホムスをホームとするプロチーム、カラーマ所属のスター選手だった。2014年8月19日、カッサーブは逮捕された。はっきりとした逮捕の理由わかっていない。というのも彼の裁判が1度も開かれなかったからだ。

カッサーブの家族や友人たちは、彼がサイドナヤ軍事刑務所(*ダマスカス近郊)に送られたと信じている。この刑務所は、アサド政権の「拷問群島」の中核的施設である。元収容者の一人がアムネスティ ・インターナショナルに語ったところによると、看守たちは収容者を肉体的に頑健なものと弱いものとに分け、頑健なものに弱いものを強姦するよう強要しているのだという。鉄製の棒を使った殴打は日常的に行われていた。殴打は、鎖や肉体をズタズタにする意図で作られたいつくものフックがついたケーブルでも行われた。

また、サイドナヤ刑務所は、地下に処刑ルームを備えているという。そこには数十の処刑台が2列に並んで作られている。アムネスティ ・インターナショナルはサイドナヤ刑務所を「人間屠殺場」と呼んでいる。同組織によると、最近4年以上にわたって、「ジェノサイド」政策の犠牲となったシリア人は1万3000人以上にのぼると推測されるという。

行方不明となって2年以上経った昨年(*2016年)9月、カッサーブの死亡が発表された。死亡の知らせは初めホムスのいくつものモスクを通じて発表された。その後SNSが、そして、シリア人権ネットワークや各国の報道機関が続いた。だが、カッサーブの死の詳細については何も明らかにされることはなかった。

(*カッサーブが所属していた)カラーマの元選手で彼の古くからの友人でもあったムハンマド・ハーミドは、「もしジハード(・カッサーブ)が別の国に生まれていたら、今頃はその業績とスポーツ界に対する貢献で、尊敬と賞賛を受けていたことでしょう」と話し、痛々しげにこう付け加えた。

「しかしシリアではね、アサド体制のもとでは、彼には投獄と拷問が待ち受けていたんですよ」

友人たちによると、カッサーブの遺体は見つかっていない。彼はまだ生きているのではないかと信じている人もいる。古い友人だったラシャード・シャーンマは、サウジアラビアにある彼の小さな店舗でカッサーブのためにささやかなセレモニーを催している。

カッサーブのようなスター選手の死亡の知らせが公となり、その死を悼むセレモニーを催すというのは、真実を捻じ曲げる現体制側の政策、やり口の一つである。だが、カッサーブの死亡の報には信ぴょう性に欠けることには変わりない。シャーンマは言う。

「生きているのか死んでいるのか。誰が知っているんだ?」

シリアサッカー連盟副会長のファーディ・ダッバースはESPNネットワークの取材に対し、当初は、カッサーブの消息について自分は知らない、彼の名前なんて今まで聞いたこともないと答えていた。だが、カッサーブがシリアリーグで10年以上もプレーしてきた選手であることを告げると、こう話した。

「いや、しかし、私は彼がカラーマを離れてからどこに行ったのか知らないし、彼の身に何が起きたのかも知りません。私はこのことに関する情報は何も持っていません」

シリアのサイドナヤ軍事刑務所。アムネスティ・インターナショナルはここを「人間屠殺場」と呼んでいる。GOOGLE EARTH https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabicより

シリアに代表チームは一つだけ

自由シリアチーム対SVブーフホルツの一戦は、日曜日の午後、冷たい雨が降り続く中、出るものめずらしいエキシビジョンマッチを見ようとやってきた選手たちの友人や知人数十人のドイツ人の前で行われた。(*シリアの現状を示す)象徴的な試合だったが、自由シリアが2対5で敗れた。

自由シリアチームの選手たちの置かれている状況を考えれば、試合は充実したものだったが、観戦するには快適だったとは言えない。試合は、見事なシュートを決め自由シリアが先制する。だが、後半に入るとドイツチームが──彼らは定期的に練習を行うなど恵まれた環境の中にいるのだが(これに対し、シリアチームは、試合の前日に集まって練習しただけだった)──得点を重ねていく。試合ではこんなシーンがあった。シリアのDFの選手の顔面にボールが直撃し、その選手は倒れ、しばらく動けなくなってしまったのだ。その後顔面を赤黒くさせて、ピッチから運び出された。

自由シリアの選手たちは、この試合で、バッシャール・アサド政権が支えるシリア代表チームに、自分たちがとって代わり得る存在であることを示した。いや、彼らはそれ以上の存在だ。ブーフホルツとのエキシビジョンマッチで示したことはそんなことではない。シリアには代表チームは一つだけなのだ。十分な能力とスキルを持った彼ら選手たちは、自分たちは誰を代表するのか、彼ら自身で判断しなければならない(*最後のこの数行、うまく読解できませんでした・涙)。(続く)

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