独裁者の代表チーム(5)FIFAの扉開かず

シリア内戦/社会
ESPNホームページより

ロシアW杯アジア3次予選当時のシリアを追ったESPNのルポルタージュ(執筆者はスティーヴ・ファイナル氏)5回目です。今回は、FIFAから門前払いをくり返されても、シリア政府によるサッカー選手に対する虐待の実態を訴える一人の元選手の姿を描いています。

シリア政府の戦争犯罪を訴える元選手に対するFIFAの対応は、まるでフランツ・カフカの世界のような迷宮を見るようです。かなり長いルポルタージュですが、ようやく終わりが見えてきました。なんとか途中で放り投げずにすみそうです。


独裁者の代表チーム(5)

掲載紙:ESPN アラビア語版
掲載日:2017年7月2日
執筆者:スティーヴ・ファイナル
URL
https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabic

(小見出しは訳者によるもの *は訳注)

第5回(全6回)

「FIFAよ、恥を知れ」 トルコ・メルシンにて

 

シリア代表やフィラース・アリー、あるいはサポーターたちに向けての質問がある。それは、これまで見てきたような、シリアのサッカー界に起こっていることは、シリアをズタズタに切り裂き続けている戦争状態を反映したものなのか、というものだ。たとえば、シリア代表という存在は平和のオアシスとなり、シリアを一つにまとめることを可能にするのか。それとも、シリアでは平穏な日常生活が続いていますと人々に幻想を抱かせその支配を正当化するために、バッシャール・アサドによって利用されている武器の一つに過ぎないのか。

政治利用

アナス・アンムはこの問いについて徹底的に検討してきた。彼の出した回答は、シリア政府により行われているスポーツ選手に対する人権侵害事例の収集に着手することだった。アンムは、この調査活動は反体制派を支援するための自分なりの方法だと考えている。

調査活動は、5年前からスタートした。それは、スポーツ選手たちがアサド体制の最大、かつもっとも顕著な犠牲者であり、政権はサッカー(アンム自身がもっとも熱愛するスポーツだ)をプロパガンダやの武器の一つとして利用していると知ったときだった。数十人ものアスリートが犠牲となり、数千人が難民となっているのだ。まるまる一世代分の選手たちが、サッカー界から消えてしまったと、アンムは考えている。

メルシン(*トルコ南部の地中海に面した都市)の2部屋あるオフィス(部屋にはわずかな家具しか置かれていない)でアンムは仕事をしている。遠くに地中海を見下ろすことができる。

アンムはアレッポから逃れてきた。アレッポでは「ワタン」(*親政府系新聞)のスポーツ記者、およびアレッポを代表するサッカーチーム、イッティハードSCの庶務部でボランディア責任者として働いてきた。2011年に、政府がスポーツ選手に対し、アサド政権を支持するデモへの参加を強制したのは、彼はイッティハードで働いていた時分だった。元選手でもあるアンムは、ESPNネットワークの取材に対し、こういった指令はシリアではごく普通のことだと語っている。

「選手たちは、アサドを支持するために駆り出されることに怒り心頭でした。スポーツがこのような忌むべき形で利用され得ることを目の当たりにしたとき、悲しくてなりませんでした」

複数の元選手やシリア人権監視団、反体制活動家が撮影したビデオ映像によると、内戦が激しさを増すに伴い、軍の施設に転用されるスタジアムが多くなっている。ダマスカス、アレッポ、ハマ、ホムスなどといった都市部のスタジアムは、軍の施設や拘留センターに作り変えられた。それらの事実を典型的に示すビデオの中には、ダマスカスのアッバーシーン・スタジアムからミサイルが発射される様子を記録したものもある。このスタジアムは、(*連載第4回で)フィラース・アリーが、シリア軍によってスタジアムを共用すことを強いられたと証言した競技場である。

シリアサッカー連盟副会長で代表チーム委員会委員長のファーディ・ダッバースは、こういった主張は虚偽のものであると見なしており、ESPNネットワークの取材にこう答えている。

「スタジアムが軍の施設として利用されているなんてことは、いっさいありません」

同時に、西側メディアの報道は事実とかけ離れており、公正中立な取材が行われていないと非難した。

独立条項違反

シリアサッカー連盟も傘下に入るFIFAの規約には、「加盟する各連盟は、外部からのいかなる介入、影響も受けてはならず、独立した運営をしなければならない」と規定されている。FIFAはこの独立条項違反を理由に、この10年間だけでもおよそ24回対策措置を講じ、そのうち20回は、政権からの干渉があったとみなし、国際活動停止措置を取っているのだ。

典型例としては2009年にイラク連盟に対して取った活動停止措置がある。イラク政府が同国のサッカー連盟を解散させた上で、連盟本部を掌握するため治安機関メンバーを連盟に送り込んだことに対する措置だった。2014年には、ナイジェリア連盟に対しても活動停止措置を取っている。ブラジルW杯でのナイジェリア代表の不面目な結果に終わったのを受け、ナイジェリア政府が同国連盟執行部を解散させたことに対するものだった(*「不面目な結果」と言ってもこの大会でナイジェリアは決勝トーナメント進出を果たしています。ただし大会中報酬支払いをめぐり連盟本部に不信感をつのらせ、選手たちが練習をボイコットするという出来事があったので、その辺りのことが関係しているのだと思います)。

選手に対する暴力、政権の宣伝の道具としてのスポーツチームの利用行為、軍事施設としてスタジアムを使用すること、こういったことはみんなFIFAの規約違反だと、アンムは指摘する。また、FIFAがシリア政府に対して何の措置も講じないでいるのは、「政府がサッカー選手に対して行っている迫害、スタジアムなどスポーツ施設の破壊といったすべての犯罪行為に、FIFAが加担、共謀していることに他ならない」とも批判している。

アンムはこれらの情報をアイマン・カーシートという元選手のもとに電子メールで送った。カーシートはシリアリーグでプレーしていた元選手で、現在はスウェーデンで暮らしている。同国の滞在許可証を得ており、FIFA本部があるチューリッヒとも近い。

2014年10月、カーシートはFIFAを訪れるため、チューリッヒに向かった。しかし、FIFAでは受付で追い返される。カーシートは、FIFAに強い影響を与えるため、詳細なレポートを作成することを決意する。アムネスティ ・インターナショナルの講習を受講し、人権侵害を立証する方法を学んだ。そしてその成果として、アンムの調査活動をもとに「告発状」と題する20ページに及ぶレポートをまとめた。そしてカーシートは、「シリアサッカー連盟から離脱した20万人以上の選手を代表して」、レポートをFIFAに提出した。

カーシートは告発状をFIFAの4つの公式言語の一つ、英語で著した。文面は英語の文法から外れ、事実をダイレクトに記したものだ。また、「サッカー選手の権利とスタジアムに対するシリア政権による重層的な戦争犯罪及びこれらの人権侵害と犯罪に対するシリアサッカー連盟の完全なる沈黙」というレポートから引用している。告発状には、体制側の監獄に収容されているとみられる人たちのリストも掲載されており、その中には10人の選手たちの名(うち9人は写真付き)も含まれている。

告発状には別のリストも掲載されている。それは18歳以下のカテゴリーの選手11人と18歳以上のカテゴリーの選手20人に関するもので、彼らは政権軍に殺害されてと告発されている。また、他章には、シリア軍に占拠されたスタジアムの様子を写した写真やビデオから撮った画像も掲載されている。

カーシートによると、これらの情報をFIFAに送ったが、これまでFIFAからの音沙汰はまったくなかった。それで、再びチューリッヒに向かい、告発状をFIFAの受付に提出したものの、やはりなんの返答も受け取っていないということだ。

元シリア代表選手のアイマン・カーシートは、FIFAに提出したレポートで、人権侵害の実態の立証を行った。https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabicより

不正幹部から届いたメール

2015年8月、カーシートは再度FIFA本部を訪れた。今回は通訳も同行し、通訳には訪問時の様子を撮影してもらうことにした。受付の女性職員との押し問答の末、ようやくFIFAのアレクサンドル・コッホと面談することができた。コッホは、FIFAの連絡部門(*この部署名、日本語でなんというかよくわからない)の責任者を務めていた人物だった。

通訳は、カーシートの言葉をこのようにコッホに伝えた。

「この書類に書かれていることについて、FIFAとしてぜひとも調査して欲しいです。それがFIFAによってシリアに圧力をかける唯一の方法なんです。FIFAはシリアサッカー連盟を傘下に収める組織なんですから」

コッホはいくぶんショックと不安を感じたようだった。しかし、コッホはこう答えた。「ただし、問題は、ここで指摘されていることは、FIFA規約違反やサッカーに関する侵害行為ではないことです」

そしてコッホはカーシートに、この告発状はシリアサッカー連盟に提出すべきものだ、なんとなればFIFAに申し立てができるのはシリアサッカー連盟だからだ、と告げたのだ。カーシートは、この告発が、アサド体制を支持するシリアサッカー 連盟に対するものであることを理解させようとした。

後日、カーシートはESPNネットワークの取材にこう話している。

「シリアサッカー連盟にどうやって頼めというんですか。連盟がどうしてぼくに代わってこの告発状をFIFAに提出するというんですか。彼らに対する告発なんですよ。サッカー連盟がアサド政権の一部であることははっきりしているんです。サッカー連盟はそういう存在ではないと、考えたり信じたりしている人は誰もいませんよ」

ひと月後、カーシートはFIFA事務局次長のマルクス・カットナーから電子メールを受け取った。本件はFIFAの管轄外の事項である、というものだった。

「FIFAは、選手たちが暴力のない環境においてサッカーをすることを保障するよう全力で努めていることを表明します。また今回のあなたからの働きかについて心より感謝申し上げます」と言った上で、カーシートが「レポートで言及しているような状況は、総じてサッカーというスポーツが扱える範疇を超えている」と続けている。

なお、このメールを書いたカットナーはその後、財務部長在任時の不正が明らかとなり、FIFAから追放されている。

カーシートの望みは砕け散った。スウェーデンのヘルシングボリで行われたESPNネットワークの取材に対し、カーシートは目に涙をためながら「FIFAよ、恥を知れ」と言い、こう続けた。

「ぼくはFIFAにすぐに何か対処してくれと要求しているわけではないんだ。ただ調べて欲しいと言っているだけなんです。もし調べてみて、ぼくのレポートが曖昧だとか正しくないというのなら無視してくれたらいい、ぼくの告発を却下したらいいんです」

超大国の前にたじろぐFIFA

ESPNネットワークでも、シリアとその代表チームに関して、FIFAに取材を申し入れたが、FIFAはいかなる取材にも応じることを拒んだ。ただ、カーシートに対する回答と同じ内容の声明を送ってきた。

「この数年間、FIFAの元にはさまざまな当事者に対する告発が届けられています。それらはおおむね、主張の根拠がさまざまで、お互い矛盾し合う内容のものです。その中には、シリアにおいてサッカーに関して発生している暴力的犯罪に関するものもあります。われわれは、これらの出来事をめぐる悲惨な状況について十分理解し認識していますが、FIFAはスポーツに関わることを統括する組織です。そして、今回の申し立てのような内容は、内戦という大海で激しく混乱している国におけるものであり、スポーツに関わる範疇を超えたものだと考えています」

また、送付されたFIFAの声明には、FIFAとしていかなる措置も講じないのは、「立法上の制約のためであり、シリアのような複雑な情勢におけるさまざまな申し立てや主張の正当性をチェックする権限を持たないからです」と記されている。

ロンドンで弁護士をしているマーク・アフィーヴァは、FIFAがこれまでどのように規約の定める独立条項違反を適用してきたかについての著作を持つが、アフィーヴァによると、シリアでの規約違反の証拠は、FIFAにより処分が下されてたナイジェリアの例も含め、他のどの地域よりもはっきりしているという。その上で、アフィーヴァはFIFAの声明についてこう述べる。

「どう見ても、FIFAは強力な措置をとるべきです。しかしFIFAは『今回の状況において』介入することは自分たちの利益にならないと考えているんです」

混沌とするシリア情勢には、超大国アメリカや次のW杯開催国であるロシアが深く関与している。そんな中、FIFAとしてシリアに対して何らかの措置を講ずるためには、これまでのFIFAが示してきた以上の組織的な強固な覚悟が必要とされると、アフィーヴァは補足した。

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