独裁者の代表チーム(6)ハティーブの言葉の重み

シリア内戦/社会
ESPNホームページより

ロシアW杯アジア3次予選をたたかうシリアを追ったルポの最終回です。自らの「誓い」を反故にする形で5年ぶりに代表チームに復帰したあとのフィラース・ハティーブに再度インタビューしています。

ルポの1回目、4回目にもハティーブは登場します。時期的には代表復帰を決断する直前に当たります。記事では、大きな岐路に立たされ、苦悩するハティーブの姿を描いていましたが、復帰後のハティーブの言動はそれとは変わってしまっています(少なくとも表面的には)。当時、このルポを読んだ人は、ハティーブに対しては「裏切り者」だとして、否定的な印象を受けた人が多かったと思います。

しかし、その後、実際の復帰後のシリア代表での彼の活躍をリアルタイムで観てきたものからすれば、ハティーブの言葉からは逆に重大な決意が感じられるように思います。現実のシリア代表は、彼の言葉通り、おそらく政権側の思惑さえも超えて、シリア人全体に大きな希望をもたらす存在となっていったのではないでしょうか。自由な発言が制約された状況に置かれていると思われる彼の言葉は、簡単なものではないと思いますし、言葉づらだけ捉えてあれこれと裁断できるものではないと感じます。

本文に出てくる、韓国対シリア戦のダイジェスト動画を、YouTubeで見ることができます。試合終盤、ハティーブはたて続けに惜しいチャンスを作り出しています。また、復帰第1戦となったウズベキスタン戦のダイジェスト動画のリンクも貼っておきます。この試合、シリアは後半アディショナルタイムに獲得したPKを決めて1−0で劇的な勝利を飾っているのですが、PKを獲得するプレーをしたのがハティーブでした。ただ映像をご覧になるとおわかりの通り、ちょっとシミュレーションくさいプレーで、VARがある今なら、おそらく認められていないPKだったと思います(パネンカでPKを決めたフリービーンもすごいよ)。

韓国対シリア
من الذاكرة: ملخص مباراة سورية وكوريا الجنوبية 1-0 – تصفيات آسيا المؤهلة لكأس العالم 2018 – YouTube

シリア対ウズベキスタン
ملخص مباراة سورية واوزباكستان (1-0) | تصفيات كاس العالم | Syria vs Uzbekistan highlights – YouTube

今回のESPN(執筆者はスティーヴ・ファイナル氏)の記事は本ブログで取り上げた中で最長です。このルポと同時期、BBCもシリア代表について取材しており、本ブログでも取り上げています。どちらも質の高い記事です。両者を読み比べると、なかなか味わい深いものがありますね。

シリアサッカー最前線(1) 健闘する代表チームの陰で – シリアサッカー事情


独裁者の代表チーム(6)

掲載紙:ESPN アラビア語版
掲載日:2017年7月2日
執筆者:スティーヴ・ファイナル
URL
https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabic

(小見出しは訳者によるもの *は訳注)

最終回(全6回)

「政治の話題は勘弁して」 韓国・ソウルにて

 

3月(*2017年)のある寒い夜、韓国とシリアの選手たちがお互い一列になってソウルワールドカップスタジアムのピッチに入ってきた。同スタジアムは2002年W杯開催の際、建設されたもので、観客収容可能人数は6万6704人。スタジアムには、韓国凧をモチーフにして描かれた屋根も設置されている。シリア代表のホーム、「マレーシア」のスタジアムがいかに貧相なのかがわかる。

「赤い悪魔」とのニックネームを持つ韓国代表を応援するため、サポーターたちの中には、点滅する赤い角をつけたものも大勢見られる。シリア代表のリザーブの選手たちはおなじみの赤いウインドブレーカーを着ているが、これまでと大きく異なる点があった。フィラース・ハティーブが代表ボイコットを終え、1週間前に行われたウズベキスタン戦からチームに合流していることだ。ハティーブはこの韓国戦には万全の準備を整えてのぞんできた。

ハティーブもチーム関係者も、このことについて大げさに取り上げないようにしているようだ。ハティーブによると、代表復帰は彼個人の判断によるものではないという。「今まで、ぼくのことを誰も招集してこなかっただけだよ(*これまで自分がシリア代表に招集されなかったのは、単に監督がそう判断していたためで、別にボイコットをしていたためではない、という意味合いだと思います)」

代表チーム責任者のファーディ・ダッバースも、ハティーブが「チームに合流するのはいつでも大歓迎ですよ。ただしこれまでは、彼の置かれている事情ゆえ、それができなかっただけなんです」と応じている。

変貌したハティーブ

いずれにしても、このアタッカーは今では、新しい主人に従っているように見える。韓国戦前日、ハティーブがESPNネットワークの取材にホテルで応じることを承諾したところ、複数のチーム関係者が彼をエレベーターの一つに押し込んでしまった。ホテルのロビーで、ESPNネットワークとチーム関係者との間での激しいやりとりの末、ようやく取材ができることになった。

それでも、「政治の話は抜きでお願いします」とチームの広報担当者バッシャール・ムハンマドは注文をつけてきた。なお、彼自身、仕事に対する報酬を一切受け取っておらず無償で働いている。

ハティーブからは、政治に関する自らの意見を完全に放棄してしまったような印象を受けた。

「今日は政治の話は勘弁してください。スポーツの話だけにしましょう。ぼくは今日、サッカーのためにチームに戻ってきたんですから。政治のためじゃありません」

そして、ハティーブはこう続けた。「シリア代表はみんなのもの、シリア人全員のものです」政府だけのものではないというわけだ。そして、何もせず、関わろうとせずに、ただ傍観し続けるという選択肢は、今や自分には存在しないとし、こう述べた。

「黙ったまま立ち止まっていたり、怠けていたり、死を待つだけなんてことを、ぼくらにはできません。とんでもないことですよ。戦争で起こっていることを、家のテレビでじっと座って見ているなんてこと、できるわけがない。断じてね。何かしなければならないんです、家族や国や友人たち、そしてぼくら自身のために」

多くの人たちは、ハティーブの復帰を支持しなかった。SNS上の反応は様々だった。ハティーブによると、シリアのサポーターたちの80〜90%は復帰をしてくれたというが、彼のfacebookアカウントには裏切りという強い感情的な表現のメッセージが届いている。たとえば以下のようなものだ。

「あんたの国や家族を裏切ったことを、実際のところどう思ってるんだ。あんたは故郷のホムスのことをも裏切ったんだぞ。そして、恐怖から逃れ難民となったすべての人たちのことも。あんたは、体制とそれを支持する側に立つことを選んだんだよ。これは裏切りという他ないね」

「アッラーの呪いあれ、おまえなんかより、古い靴の方がまだ価値があるというものだ。おまえのことをシリアのスター選手だとか有名人だとか言っていた連中は、結局この地球上で最も愚かなやつらだったということか。死ぬまでこの裏切りの代償を払い続けることになるだろうね。おまえの堕落した名声に唾を吐きかけてやるよ、犬野郎」

「フィラースにアッラーの呪いあれ! おまえの言葉には小さな子どもの信頼性すら感じられない。まったく顔に唾を吐きかけたいよ、この嘘つきめ」

一方、他のメッセージはハティーブの復帰を容認するものだった。われわれはインターネットを通じて、(*政府軍に)包囲されたホムス市ワアル地区のメディア・アクティビスト、ムハンマド・ホムシーに連絡を取ることができた。彼は、祖国の代表チームの試合を今もずっと注視しているのだという。というのも「基本的に言って、スポーツは美しかったかつてのように、ぼくたちを一つにしてくれる唯一のものですからね。スポーツは政治から切り離して考えなければならないんです」と話す。

シリアの魂かかげる

ハティーブは、5年前は自分がリーダーをつとめていたチームの戦術に順応しようと努力している。韓国戦では、ハティーブはベンチスタートだった。試合開始4分で、韓国が先制ゴールを獲得する。シリアは残り時間で同点に追いつこうと試みる。

後半に入って、ハティーブが投入される。投入されるやチームのシリアのペースが上がり、カウンター攻撃を仕掛け続ける。スタジアムには観客は半分ほどしか入っていなかったが、それまで大いに盛り上がっていた韓国側のサポーターは、シリアのくり返される決定機を前に、沈黙し始めた。

だが試合は韓国リードのまま進み、終了のカウントダウンが始まった。ボールがハティーブに渡ると、彼はフリーとなって抜け出し、左サイドから韓国ゴールに襲いかかる。10歩ほど前進すると、ハティーブは左足を振り抜き、韓国GKの頭上付近を狙う。GKのクォン・スンテはすばやく顔の前に左腕を出してシュートをブロックした。

アディショナルタイムに入って、再びサポーターから叫び声が上がる。ハティーブが再び決定機を得たのだ。さっきと同じサイドからやはりフリーとなり、狙いすました強烈なシュートを放つ。だが今度は少しコースが高い。ボールはクロスバーを直撃、大きく跳ね上がり、遠くに飛んで行った。スタジアムから悲鳴が聞こえた。

ハティーブは試合後のコメントで次にように話した。

「たとえ一瞬のことだとしても、今後もぼくらはシリアの魂を高く掲げるつもりです。この地獄のような苦悩や悲しを忘れられるよう、最大限の努力をするつもりです。ぼくは正しい選択をしたと思っています。ぼくの復帰が、シリアのファンのみなさんに幸せをもたらすものになればうれしいです」

シリアはこの夜、韓国に0−1で敗れ、グループAの3位ウズベキスタンとの勝点差が4に広がった(*グループ1、2位が本大会出場でき、3位でもグループBの3位チームとのアジアプレーオフに回るので、各チームとも最低目標として3位以内に入ることをめざしている)。残りあと3試合。シリアのW杯出場の夢はまだ尽きていない。

サリン攻撃

韓国戦のあった翌週、シリアからさらなるニュースが飛び込んできた。ハティーブが自らの約束、つまりアサド政権が市民を殺害している限り代表チームではプレーしないとの言葉を反故にしたこととは直接関係するニュースではない。政府軍が反体制派が支配するハーン・シャイフーン市を攻撃し、化学兵器であるサリンガスを大量に投下したというものだ。

次のような恐ろしい映像がある:

ガスを浴びた犠牲者は全身を麻痺させ、口からは泡を吹いている。頭部を鋭い針で刺されたように瞳孔が収縮している。半裸の子どもたちが泥だらけの水たまりの傍に、弱々しくあえぎながら横たわっている。

この攻撃により、85人以上が犠牲となった。(終わり)

2017年4月のハーン・シャイフーン市に対する化学兵器による攻撃現場。同市はシリアの反体制派が支配している https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabicより

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