新監督はシリア代表に変革をもたらすか

シリア代表
CNN Arabicホームページより

シリア代表は今年(2020年)3月からチュニジア人新監督を迎え、これまでにないスタイルのチームづくりに着手しているようです。今回紹介する記事は、ロシアW杯予選以後、シリアサッカー界にもたらされた変革と、新監督のもとでの代表の動向とサポーターらとの関係について述べたものです。

カタールW杯アジア2次予選で、シリアは中国などとともにグループAに入っていますが、現在5戦5勝でグループ首位を独走しています。残りあと3試合。2位中国との勝点差が8もあるので、3次予選進出は固いところでしょう。

新監督の名は、ナビール・マアルール。ロシアW杯では祖国チュニジア代表を率いるなど、チュニジアでは最高の指導者の一人と目されているようです。今年3月に監督に就任したものの、各国同様、新型コロナウイルス感染問題で、思うような試合、トレーニングができていませんが、シリア代表に現代的なスタイルを持ち込もうとしているようです。同監督の戦術スタイルは、以下の記事が参考になると思います。

【予選突破で日本と激突!?】アフリカ大陸最強のチームチュニジアを分析! | AFRICA-SOCCER-JOURNAL~アフリカサッカー最前線~

【予選突破で日本と激突!?】アフリカ大陸最強/

現在のシリア代表には、中盤にも前線にも才能豊かな選手がそろっていますので、マアルールの戦術にフィットすれば、急速に力をつけていくかもしれませんね(そうであって欲しい)。

下の写真:ロシアW杯のインクランド戦前のセレモニーで国歌を歌うチュニジア代表時代のマアルール監督(中央)

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願望と現実の間で 建設途上にあるシリアサッカー

掲載紙:CNNアラビア語版
掲載日:2020年11月19日
https://arabic.cnn.com/sport/article/2020/11/18/syria-oped-national-team

(小見出しは訳者によるもの *訳注)

敗北と低迷の80年

今の若い世代の人たちが、自分の父親に、シリア代表チームに関して熱い関心を抱かない理由について尋ねると、父親はこう答えるだろう。

「やつらときたら、オレたちに落胆以外の何ものももたらしてくれないからだよ」(*かなり意訳していますが、だいたいそんな意味だろうと思います)。

この答えは、このときたまたま口についたものではない。シリアのサッカーは、このおよそ84年間というもの、敗北と低迷からなるガラクタしか生み出さないできたのである。(*唯一の例外は)、国際サッカー連盟(FIFA)の非公認の二つの大会、2012年西アジア選手権と1987年地中海競技大会のタイトルを獲得したくらいだ。

だが、その数十年間を経て、2018年(*正しくは2017年)、シリアのサッカーファンたちにとって稀有な出来事が起こった。高いレベルのプロ選手たちが合流した代表チームが、ロシアW杯予選のアジアプレーオフまでコマを進め、本大会出場寸前の地点にまで到達したことだ。オーストラリア代表GKマシュー・ライアンの左サイドのゴールポストが、大陸間プレーオフ進出の望みをはじき返したが、サポーターたちは夢の扉が叩かれる音を聞いたのだ。

(*ロシアW杯アジア3次予選でシリアはグループ3位に入り、オーストラリアとのアジアプレーオフに進出した。ホーム&アウェーで行われたプレーオフは2試合合計2−2となったため延長戦に突入。延長後半オーストラリアに勝ち越されたが、試合終了直前にシリアは敵陣ゴール前付近で同点のチャンスとなるフリーキックを獲得した。シリアのエース、オマル・スーマの強烈なシュートはゴールポストに阻まれ、シリアは敗れた)。

サポーターたちはまたしても敗北の記憶を付け加えることになった。だが、今回は、彼らは、シリアサッカー史上最高の黄金世代の選手たちとともに、怠惰のままでいることをやめると心に決めた。

改革の始まりか?──旧体制の退陣

その結果、サッカーに対して全シリアが関心を向けるようになり、サポーターたちが強い圧力をかけて高いレベルの外国人指導者を迎えることだけでなく、軍部の力を背景に持つムワッファク・ジュムア全シリアスポーツ連盟会長体制の改革を求める声も高まった。ジュムア会長はこれを受け入れ辞職した。すでに、シリアサッカー連盟(*ジュムア会長の強い影響下にあると言われていた)は2019年のアジア杯での惨敗に対する世論の怒りの圧力にさらされ役員は総辞職していた。その後、シリアスポーツ界の英雄フィラース・マーラーが全シリアスポーツ連盟会長に、元選手で警察組織をバックに持つハーティム・ガーイブがサッカー連盟会長にそれぞれ就任した。

人びとはこの改革を歓迎した。この10年続く戦争による苦しい日常の中、歓喜を渇望する国民の心に明かりを灯す「苦痛からの解放を促すエンジン」とみなしたのだ。スポーツ、とくにサッカーは待ち望まれる歓喜の源泉となりうるものである。

チュニジア人監督の登場

新生サッカー連盟は、サポーターの悲願に応えることができる代表監督に関する広範な議論を経て、チュニジア人のナビール・マアルールとの契約締結にこぎつけた。前任監督のファジル・イブラーヒームは、カタールW杯アジア予選で5勝無敗という好成績をあげていたのだが、目の肥えたサポーターたちはそのパフォーマンスに満足しておらず、イブラーヒームではカタールのW杯の舞台には辿り着けないとみていたのだ。

ところが、監督に就任して数か月後、シリア人ジャーナリストのラトゥフィー・イストワーニーのインタビューを受けたマアルール監督は、不満をあらわにした。シリア政府に対して課せられている制裁に関連して、FIFA及AFC(アジアサッカー連盟)が凍結している資金をシリア連盟が使うことができないでいるため、自らと自らのコーチスタッフに規定の報酬が支払われていないと言うのだ。

マアルールは、当時自分はチュニジアに帰国しもうシリアには帰って来ない可能性もあったと述べている。だが、そうはならず、チュニジア人監督は、今年11月中旬、UAEの招致で行われる初めての代表キャンプで、「カシオンの鷲」(*シリア代表の別称)を指揮するため戻ってきた。

「蜜月」の終わり

シリアのサポーターたちは、新監督のもとで行われる初めての試合(*11月13日にウズベキスタン 、同月17日にヨルダンとの親善試合が組まれていた)で、代表チームがどんなプレーを見せてくれるか、SNSなどで活発に議論を重ね、ときに「激烈に」騒ぎながら、手ぐすねを引いて待っていた。そして、2試合目のヨルダン戦の試合終了を告げるホイッスルが吹かれ、シリアが0対1で敗れると、1試合目のウズベキスタン戦では1対0で勝っていたにも関わらず、サポーターたちとチュニジア人監督との蜜月は終わりを迎えたようだった。そして、サポーターとメディアは、プレースタイル、負荷をかけすぎたキャンプでのトレーニング、国内組の低レベルで「見劣りのする」パフォーマンス、などなどについて、猛烈な批判を始めた。

だが、こういったあらゆる批判を聞いていると、素朴な疑問が湧いてくる。すなわち、われわれが議論しているのは日本代表についてなのか。シリア代表についてではないのか、という疑問だ。

代表史上初の試み

最初の2試合から、満足できるパフォーマンスや輝かしい結果を求める一部のサポーターの声は、まったく道理にかなったものだ。だが、批判する人たちは、シリアサッカーの現在地について、目を向けねばならないのではないか。そして、こう自問しなければならない。「われわれは、日本やイラン、韓国のようなレベルを有しており、それを保持しようとしてるのか。それとも過去の失敗に学んで高いレベルをめざす発展途上にあるのか」と。

この自問をシリアサッカーの歴史に照らし合わせれば、後者が現実により近いものとなるはずである。シリアのサポーターたちもW杯出場を夢見る権利を持っている。しかし、同時に彼らが認識しなければならないのは、その目標が実現するのは、夢想のアブクから抜け出さねばならないということだ。そして、シリアサッカーに生じる様々な出来事に対処するためには、忍耐とリアリズムと冷静さが必要とされるということだ。

シリア代表が(*11月の二つの親善試合で)見せてくれたパフォーマンスは、結果こそ期待したものではなかったが、悪くはなかった。マアルールが「キャプテン」という番組で話していた通り、うまく機能していなかったとはいえ、選手たちはバックラインから攻撃を組み立てようとしていた。まずバックラインから前線にボールを放り込むといった、これまでの行き当たりばったりのスタイルを捨て、選手たちがこの方法に慣れるには時間が必要だが、これは代表チームの歴史の中で初めての試みだった。

またこのことに加え、新監督は、新戦力を加えることにも成功している。経験豊かな選手がいるチームに調和するにはまだ時間を要するが、チームに新たな血を注入することはできた。

不安材料

もちろん、だからといってUAEキャンプでのチームづくりに不十分点や間違いがなかったというわけではない。とくにディフェンスラインの重大な欠陥や、中盤の独創性、あるいは、オマル・スーマ、オマル・フリービーンといった二人の主力を欠いたときの攻撃の機能についてなど、諸問題が明らかとなっている。なお、この2選手の言動については様々な疑問符、憶測を呼んでいる。スーマは代表キャンプ参加を辞退し、フリービーンは「チームの戦術的事項に介入」し、秩序を乱したとして代表キャンプから追放されている。

とにかく、シリア代表チームが新たな発展途上にあることは間違いない。サポーターも選手も、実が熟し、収穫できるまで辛抱しなければならない。シリア代表が今後、アジアで強豪と言われる位置を手にすることは可能だろう。だが現実はこうだ。「代表のレベルはいまだ建設途上にある」のである。

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