『シリアで猫を救う』のメッセージ

シリア内戦/社会
『シリアで猫を救う』(講談社)

前回投稿した政権軍によってアレッポが奪還された直後に行われたアレッポダービーに関する記事。記事にはまだ続きがあるのですが、今回はちょうど同じ時期のアレッポで保護猫活動をしていたシリア人が書いた本を紹介することにします。サッカーとはなんの関係もありませんが、シリアの現在を思わぬ視点から知ることができる本だと思います。

人も救うが猫も救う

人間が生きていくのに精一杯という状況下にある今のシリアで、人間だけでなく猫などの動物たちの命を救い続けている人がいます。

はじめ、多くの人は、その人のことを、あいつは変人だ、ちょっと頭がおかしいんじゃないかという目で見ていました。ところが、保護を続け、また、人々に保護した動物と触れ合う機会を持ってもらっていくうちに、この活動は次第に、とくに戦争で傷ついた子どもたちの心の支えとなっているというのです。

シリアで猫を救う』(アラー・アルジャリールwithダイアナ・ダーク著、大塚敦子訳、講談社、2020年)は戦時下、しかも最も戦闘が激しかった時期のアレッポでの、そんな一個人が始めた猫の保護活動を紹介した本です。

著者のアラーさんはシリアのアレッポに暮らす電気技師。日々破壊と殺戮がくり返される中、見るに見かねて、本業そっちのけで個人的にマイカー(アラー救急車と呼ばれる)を使って負傷者の救助活動を始めます。

一方、アレッポではまちをうろつく猫が激増していました。戦争の激化とともに、国内外に脱出する住民が、飼っていた猫を置き去りしていたからです。もとから猫好き、動物好きだったアラーさんは、負傷者の救出とともに、猫の保護活動も始めます。その数50~60匹。

シリアでどれだけの人間の犠牲者が出ても、この戦争について国外で関心を呼ぶことはあまりなかったわけですが、アラーさんの猫の保護活動が西側の大手メディアに紹介されるや、大勢の団体、個人からアラーさんのもとには援助の申し出が届き出すというのは、皮肉な話です。

アラーさんの活動への支援は、SNSを通じて世界へ広がります。そして、恒常的な支援の態勢が取られるようになり、本格的な保護施設(サンクチュアリ)へと発展していきました。

暴力の応酬から距離を取る

本書ではおもに、アレッポで反政府運動が起こり始める2012年ごろから、数カ月に及ぶ包囲戦の末、政府軍により市全域が完全奪還される2016年末とその後の混乱の時期のアラーさんの活動について描かれています。

アラーさんの保護施設も、政府軍の空爆に遭い、多くの猫を失い、ともに活動をしてきた仲間も殺されてしまいます。政府軍により徹底的にまちも人も破壊されていく場面が連続する章は、読んでいて胸が締めつけられます。

しかし、アラーさんの人柄なのか、それとも出版社の編集方針なのかはわかりませんが、全編を通して、どんなむごくてつらい場面でも、アラーさんの筆致はどこかとぼけているというか、悲しみは伝わってくるのですが、カラリとしているんですね。

また、アラーさんは戦争と破壊を憎みはしても、たとえばアサド政権に対して復讐を誓うとか、憎悪をたぎらせるというふうでもないのです。

ただ、自分はやるべきことをやり続けるだけ。戦争の犠牲者である猫を救うだけ、そして猫の保護活動を通じて傷ついた人々の心をケアしていくだけだ。だから自分はこれから先もずっとシリア国内にとどまり続けると誓うのです。

理不尽な暴力により、身近な人の命を奪われたら、たいていの人は、やり返してやる、殺してやりたいと思うものでしょう(実行に移すかどうかは別として)。それが自然な感情だと思います。

しかし、暴力に対して憎悪で報復しても何も解決しないというのが、アラーさんの信条なのです。このことこそ、本書の一番のメッセージなのだと思います。

反体制派も盗っ人ばかり

アラーさんは本書で、何度も自分は政府支持でも反政府支持でもないと表明しています。おそらくその通りなのだと思います。実際、アサド政権、政府軍だけでなく、反体制派に対しても厳しい目を向けています。

たとえば、こんな、まるでコントのようなエピソードを紹介しています。

戦争が進むにしたがい、アレッポのインフラはほとんど機能しなくなった。もっとも大きな影響を及ぼしたのが電気の供給が滞ったことで、住民たちは自家発電の設備を確保することに迫られた。ところが、住民たちが備えたケーブルや発電機は、「自由シリア軍」を名乗る連中によって次々に盗まれてしまう。しかも彼らは盗んだ品々を、よりによって政権支配地域で売りさばいているという。

ある日、アラーさんたち住民は、窃盗団の犯行の現場をおさえることに成功した。そして、盗品(変圧機)も無事取り戻すことができた。しかし、取り戻した変圧機をいつまでも持っていると自分たちが盗んだと疑いをかけられかねない。当時地域の治安と財産を守る目的でいくつもの反体制派(イスラーム国、ヌスラ戦線、自由シリア軍など)によって結成されていた委員会に引き渡すことにした。

これで一件落着。委員会は変圧器を住民の電力供給のために使ってくれるだろう。アラーさんたちは満足した。ところが、盗品を引き渡された反体制派の委員会は、なんとそれを他に寄せられた盗品と合わせて競売にかけ、盗賊団に売り払ってしまったのだ。

「重要な地位にいる人たちは、宗教関係者を含め、みな腐敗した盗っ人ばかりだった。要するに自分たちが全て支配したかったんだろう」「この戦争は国をめちゃくちゃにした。あまりに多くの人たちが犯罪者になってしまった」

なぜイドリブに向かったのか

しかし、政府側にも反体制側にも与しないでいるアラーさんの行動で、よくわからないことが一つあります。アレッポから反体制武装勢力が撤退した後、アラーさんは、降伏を拒否した戦闘員や家族らとともにイドリブに向かったことです。

一般市民ならアレッポにとどまる選択肢があっただろうし、実際、当時の多くの住民はそうしたわけです。わざわざ再び戦闘に巻き込まれる危険性の高い、反体制派(アルカーイダ系武装グループ)の支配地域になぜ向かったのか。本書ではこの辺りの事情についてはっきりした説明がありません。

アラーさんはアレッポ奪還前は、ホワイトヘルメッツ(シリア民間防衛隊)というもっぱらアルカーイダ系武装勢力とともに活動している救援団体に協力していたと書いていますから、そのことが影響して、残りたくても残れなかったのかもしれません。

なお、アラーさんはアレッポが奪還された後、先述の通り、生き残った猫たちとともにイドリブ県のトルコとの国境近くのまちに移住、そこで再び保護施設を建設しています。施設では、猫だけでなく犬や馬、猿などの動物(みんな戦争の犠牲者)も保護しています。2020年、保護猫の数は1000匹近くにもなっているそうです。

アラーさんが保護している猫たちの現在の日々の様子は、Facebookで見ることができます。
Ernesto’s Sanctuary for Cats in Syria | Facebook

冷ややかに見ていた「アラブの春」

本書で訳者が解説している通り、シリアの現状について扱ったドキュメントといえば、政権から弾圧を受け国外に脱出した人の手によるものが多いようです。アラーさんのように今も国内に留まり続けているシリア人が自ら語った本書はそれだけで貴重だと思います。

それ以上に興味深いのは、著者は、先述の通り、政権側はもちろん反体制派にも共感しない立場に立っていることです。おそらく実際はそんな市民は意外に多いのではないでしょうか。そういったごく普通のシリア人にとって、この戦争はどううつっているのか、その一端を垣間見ることができます。

とくに印象的だったのは、アレッポでいよいよ本格的な戦闘が始まりだす時期について述べた箇所です。

アラーさんによると、「アラブの春」の流れの中で、シリアで反政府デモが各地で激化し始めた当初、同調して騒いでいたのはせいぜいアレッポ大学の学生くらいだったと言います。住民の大半は、これを冷めた目で見ていたのだそうです。そしてその学生たちの運動も、手ぐすね引いて待ちかまえていた治安部隊によって徹底的に弾圧されてしまいます。

しかし、それでも2012年7月ごろから、アレッポ市内でも自由シリア軍が進軍し、政府軍との戦闘が始まります。この頃の自由シリア軍は、自国民に銃を向けることを拒否して軍を離反した兵士や学生たちによって構成され、実戦経験も装備も貧弱な組織に過ぎなかったようです。

政府軍との戦闘はすぐに終わります。自由シリア軍はアレッポから「突如として消えてしまい、平穏が戻ってきた。…ぼくたちはてっきりすべてが正常に戻りつつあるのだと思った」とアラーさんは書いています。

唐突に現れた武装集団

しかし、しばらくすると不気味なことが起こります。

「ある日、唐突に反体制派が戻ってきた。でも前と何かが違う。この戦闘員たちは豊富な武器を持ち、戦闘にも慣れているようで、みな長い顎髭(あごひげ)を伸ばしていた。彼らはアレッポ郊外の町や村の武装組織が合流して立ち上げた「タウヒード旅団」だと名乗」ったのです。

この武装集団は、自分たちは外国からの支援を受けていないと住民には説明していたようですが、当時のシリアで豊富に武器を持ち、戦闘にも慣れていたというのですから、単に郊外の部族が武装して立ち上げただけの集団だったとは考えられないでしょう。

そして、アレッポの住民とは関係のない武装勢力と政府軍との間で本格的な戦闘が始まります。住民の多くは反体制派にシンパシーを感じながらも、自らはどのグループにも関わらないでおこうと考えていたそうです。

しかし、そんな意思には関わりなく、戦争はすべての人を巻き込み、長い過酷な日々が始まったのでした。

「シリア内戦」などと呼ばれている現在のシリアでの戦争は、「アラブの春」の流れの中で始まった市民の平和的な抗議活動を、シリア政府が暴力で押さえ込もうとしたことで、市民の側もやむなく武器を取るようになり、それが内戦へと発展したもの、との説明が一般的だと思います。

だが、本書を読むと、実際にシリアで少なくともアレッポで起こっていたことは、そういった説明とはかなり食い違っていることがわかります。あくまでも一市民が見聞きした範囲内のこととは言え、現状を知る上で、貴重な情報を与えてくれる本だと思います。

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