シリアサッカー最前線(1) 健闘する代表チームの陰で

今回紹介するのは、BBCアラビア語版が2017年3月30日に配信した、シリアサッカーの様々な断面についての記事です(سوريا: كرة القدم على خط النار)。

この記事で取り上げられているのは、戦時下において、ワールドカップ予選で大健闘を続けるシリア代表と選手たちの苦境、勢いを取り戻しつつある国内リーグの実情、女子サッカー選手のことなど(まだ記事を全部読んでいませんので、これ以外にも様々なトピックがあるようです)。いずれも興味深いものばかり。個々の内容は断片的なのですが、シリアサッカーの現状について多方面から紹介してくれる読み応えのあるルポルタージュだと思います。

改めて感じるのは、BBCの度量というか取材態勢の層の厚さです。BBCですので、シリア情勢については、当然、反アサド政権という立場は明確で、今回の記事でもその立場は一貫しています。しかし、自らの都合のいいように、一方的な情報を並べるということではなく、長く続く戦時下のピッチで、サッカーに関わる人たちの様々な思いや現実をこの記事から知ることができます。

日本の主要メディアは、いまだにシリアには常駐の記者を置かず、もっぱら欧米メディア頼りの情報しか報道していないというのに、サッカーの取材のためにこれだけの本格的な現地取材(シリア国内はもとより、シリア代表を追ってマレーシアまで行っているみたいです)をするのですから、それ自体、たいしたものだと思います。

記事の原文はおそらく英語で書かれたものだと思います(ただし、BBC英語版サイトでは該当記事を見つけられなかった。英語版記事はウェブでは公開していないのかも)。とても長い記事なので、何回かに分割して紹介することにします。今回の紹介した分で記事全体の5分の1くらいです。


元記事URL:
http://www.bbc.com/arabic/sports-39430462

掲載紙:BBCアラビア語版
掲載日:2017年3月30日

(小見出しの一部は訳者によるもの。また、本文中のカッコ内の*印は訳注)

シリア:サッカー最前線(1)

 

日常化した戦争

体育館付近に迫撃弾が着弾するたびに、体育館の壁が揺れる。しかし、体育館で行われているテコンドー大会に参加している子どもたちは、爆発音をたいして気にする様子がない。

戦争が引き裂いてしまった首都ダマスカスでは、砲撃の音は日常生活の一部となってしまった。切り裂かれた日常の中、メダルを獲得しようとしている子どもたちは、その短い人生において、戦争以外のものを何一つ知らないのだ。

テコンドー大会に参加する子どもたちは、爆発音を気にもとめなていなかった http://www.bbc.com/arabic/sports-39430462

シリアオリンピック委員会のマウフィク・ジュムア会長は、「170発の砲弾がこのスポーツセンターに着弾しているんです。爆弾が落ちるたんびに隠れていたら、テロリストが家までやってくるじゃないですか」と言う。

戦争による影響を抜きにして、シリアの日常について語ることはできない。それはスポーツに関しても同様である。6年におよぶ戦争はシリアを破壊した。戦争は、シリアを残虐行為と非人道性の物語の舞台にしてしまった。

2011年にはじまった民衆蜂起以来、シリアについてついぞ肯定的なニュースを耳にしたことがなかったが、サッカーのシリア代表が感嘆すべきニュースをもたらしてくれている。

歴史的勝利

4500キロ離れた(*首都ダマスカスから4500キロという意味か。しかしシリア・マレーシア間は約7500キロ)マレーシアの首都クアラルンプール南部にあるホテルのロビーで、あるシリア人の選手たちが、これから滞在することになる部屋の割り当てが決まるのを突っ立って待っていた。

何人かの選手たちはレアル・マドリードのことで激してく議論している。彼らの口からはロナウドやジダンなどの名前がくり返しのぼった。他の選手たちは黙って携帯電話をいじっていた。彼らはサッカーのシリア代表選手で、この日、長旅を終えマレーシアに到着したところだった。

去年(*2016年)10月、シリア代表は、2018年のワールドカップ予選のため、北京で中国と対戦した。中国は、同国のサッカーレベル向上のため数百万ドルを投じている国である。選手たちは勝利(*中国に1対0の勝利)を祝い、ボーナスを手に買い物にくり出した。

先週(*2017年3月23日)、シリア代表はウズベキスタン代表に勝った(*1対0)。この試合はシリアサッカーの歴史において最も重要なものだった。というのも、来年ロシアで行われるワールドカップの出場権獲得に望みをつないだからである。

だが、次の韓国戦(*2017年3月28日)には敗れ(*0対1)、その結果、出場権獲得の望みは遠のいてしまった。望みは、次の中国戦(*2017年6月13日)の結果いかんにかかっている

ところで、選手たちはウズベキスタン戦の勝利で一人1000ドルのボーナスを受け取った。この額はシリアのサッカー選手1年分の給料に相当する。またこの額は、戦争開始以来、シリアの通貨価値は1000%も暴落してしまったため、シリア人の大半が夢見る年収よりも高いのである。

なぜマレーシアか

シリア代表は(*ホーム扱いの試合を)マレーシアで開催している。経済制裁および治安上の問題から国内で試合を開催することを禁じられており、観客がわずかしかいない中立国で開催しなければならないからである。

わずかな国としか友好関係を持たないシリアにとって、試合を実施するスタジアムを確保することは容易なことではなかった。試合開催を引き受けてくれる国を見つけられず、シリア代表は危うくワールドカップ予選から撤退せざるを得ないところだった。

こういったこともあり、チームが達成した現在の戦績は、普通では考えられないような意味のあるものにしている。1勝2引き分けを、驚異的な戦績と評価されるチームが世界にあるだろうか(*ワールドカップ最終予選グループAのシリアは予選前半戦を1勝2引き分け2敗、グループ4位で終えていた)。

中国戦(*第3戦)で勝利する前、シリア代表は、過去ワールドカップでベスト4に進出したことのある韓国とは引き分けている(*第2戦)。これらの結果を受け、世界は、シリアのことを次第に注目するようになった。

だが、このストーリーはそのすべてにおいて美しいものではない。わたしたちは、バッシャール・アサド大統領が、シリアのスポーツ関係者を含めシリア国民を掌握していることを忘れるわけにはいかない。

シリア代表の戦績は、シリアの民衆が自らの傷のいくつかを癒す機会になったと言われている。しかしまた、それはシリア大統領の政治的宣伝の具でもあるのだ。世界に対してめざましいサッカーに関する情報が広がることは、体制側が広がってほしいと願う正常化、勝利、安定、支配のイメージと完全に調和している。だが、真実は、こういったイメージとは大きく異なっている。

スポーツ記者という仕事が興味深いものであることに疑いがない。世界中の最も重要なスポーツに関する出来事について書きとめる仕事なのだ。

今回の取材では、シリアやレバノン、ヨルダン、そして最後にはマレーシアまでは出かけた。わたしたちは30年以上にもわたる経験があるが、これまでの他のどの取材とも違ったものになった。これは、シリア代表チーム23選手とシリアの2300万人もの人びと、あるいは490万人もの難民、6年にわたる戦争、そして、一人のシリア大統領に関するものなのである。

シリアで傑出したスポーツ

シリア代表アシスタントコーチのターリク・ジャッバーンは、「われわれは、選手たちがシリア国外のクラブでプレーして欲しいと思っています。これは必須条件です」と話す。

おそらく、代表アシスタントコーチが選手たちに、国を離れ国外に移籍することを推奨することほど、現在のシリアサッカーが置かれている危機を表す強い表現はないだろう。ターリク・ジャッバーンは、一介のコーチではない。彼はシリアの最もすぐれた選手の一人でもあった。6年前の戦争勃発以降、すばらしかったシリアスポーツの落ち込み具合を誰よりも知っている。

また、シリアの国内リーグも開催が危ぶまれる段階にまで落ち込んでいた。事実、多くのシリア人選手が国を離れた。たとえば、今週マレーシアにやってきた代表選手23人のうち、チームを代表する主力選手を含めその大半の選手は、国外でプレーしている。アフマド・サーリフ選手は中国の河南建業で、フィラース・ハティーブ選手はアル=クウェート(*クウェートのクラブチーム名)でプレーしている。また、オマル・ハルビーン選手は、サウジアラビアのアル=ヒラールに移籍したことで、高年俸(もちろんシリアの水準から見てということだが)を手にしている。

だが、最もすぐれた選手がいまだシリアでプレーしていると言われている。ダマスカスを本拠とするワフダに所属するイブン・アムフ・ウサーマ・オマリー選手のことだ。彼は現在、シリアリーグのストライカーである。

他の選手と違って、オマリー選手にはシリアを離れる選択肢はなかった。彼はすでにシリア軍に徴兵されており、所属部隊からワフダチームに派遣されていたからだ(*「ワフダ」はアラビア語で部隊という意味。おそらくこのチームはシリア軍が設立・運営に関係しているのだと思います)。ハルビーン選手のように、一人息子の場合徴兵を回避できる制度を使える選手たちの多くは、戦争勃発前にシリアを離れていた。

深刻な財政

シリアリーグは戦争のため、地理的に縮小して行われるようになった。シリア政府の支配下にある地域以外では試合は行われていなかった。実際、リーグ戦はダマスカスとラタキアの2つの都市以外では行われてこなかった。

しかし、反体制派のもとにあったいくつかの地域を、政府側が奪還した後は、リーグ戦の試合は、ふたたび地域を拡大して行われるようになってきている。今年(*2017年)1月には、アレッポとホムスでも試合が開催されるようになった。

これらの都市や地域でのサッカーの迅速な復活は、政府の意向を反映したものだ。政府は、人びとの生活が日常を取り戻していること、あるいは本当に戦争に勝利したことを示すため、サッカーを利用しようとしているわけだ。サッカーの試合を見るためにスタジアムにやってくる人たちの姿以上に、日常を取り戻したことを示す事柄はないだろう。

だが、シリアでは日常生活が戻ったということがまったくの幻想であるのと同様、シリアではサッカーが隆盛しているということも幻想である。

シリアリーグは危機に瀕しているというのが本当のところである。数年に及ぶ経済制裁と自国通貨価値の崩落により、深刻な財政不足に悩まされているのだ。また、シリアサッカー協会も、活動資金の不足に陥っている。

民間からの投資は最低レベルに落ち込み、リーグの運営は、大半が政府からの資金に依存していると言われている。ほとんどの試合では、観客はわずかしか入っていない。サポーター自身が経済的に厳しいことと、大勢の人が集まる場での安全面の不安が、その理由である。

シリアの国内リーグで、優秀な選手が受け取る報酬は、月額200ドル以上にはならない。これはシリアの水準では妥当な金額とみなされている。しかし、他の国のサッカー選手が受け取る報酬金額とは比ぶべくもない。リーグで優勝したチームは、ボーナスとしてたった1万ドルを受け取るだけだ。

そのため、シリアでは最もすぐれた選手たちが国を後にした、また、各チームとも、国外から才能あるいかなる選手も獲得することは困難である。シリアリーグに外国人選手が一人もいないのは、偶然ではない。(つづく)

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