今回紹介するのは、アジアカップに初参戦しているイエメン代表チームに関するもの。BBCアラビア語版に掲載された記事です。
イエメン代表については前回の投稿で、国外へ遠征の移動手段として貨物船を使っていることに触れましたが、国内での移動は家畜用のトラックを利用しているんだそうです。移動だけでなく、あらゆることで、これが代表チームの環境なのかと信じられないような困難を抱えている様子が紹介されています。
アジアカップの初戦で、アジア最強のイランに0対5と大敗しましたが、このスコアすら大健闘と言いたくなりますね。イエメンはこの後、イラク、ベトナムとの対戦を残しています。いずれも強豪ですが、なんとか勝点、いや一つでもゴールを奪うことを願っています。
それにしても、以前シリアのサッカー事情に関する長いルポ(シリアサッカー最前線(1))を読んだときも感じましたが、BBCのサッカーにかける探究心は並々ならぬものだと改めて思いました。
なお、この記事の英語版もBBCのホームページに掲載されています。英語記事の方が原文です。アラビア語版記事では省略されている箇所があります。英語が得意な方は、当サイトのこなれない日本語よりも、英語版の元記事を読まれる方がわかりやすいと思います。
Asian Cup 2019: Does Yemen’s Jan Kocian have the toughest job in world football? – BBC Sport
https://www.bbc.com/sport/football/46721547
アジアカップ:イエメン代表の挑戦
掲載紙:BBCアラビア語版
掲載日:2019年1月8日
執筆者:ティム・ゴースリング
URL:http://www.bbc.com/arabic/sports-46780791
(*は訳注 小見出しは訳者によるもの)
イエメン代表が成し遂げたことは、ほとんど奇跡のようなものだ。祖国が戦争で破壊され、飢えが国民である選手たちをも脅かす中、チームはアジアカップ出場を決めたのだ。
出場自体が快挙
イエメン代表チームとその快挙の物語は、サッカーにおける最も不正常な出来事の一つだ。選手の何人かは過激派組織に誘拐され、何人かは戦闘のため山岳地方に逃れている。また別の何人かは、国を破壊する戦争の中で、命を失った。
イエメンは、現在UAEで開催中のアジアカップに出場している。グループステージではイラン、イラク、ベトナムと同じ組に入っている。決勝トーナメントに進出する可能性はわずかだ。だが、彼らが出場していること自体が快挙なのである。また、選手たちは、戦争による破壊や飢えから少しの間だけ忘れることができる。
イエメン代表は、FIFAの世界ランキングで135位である。対戦相手のイランは29位にランクされている。だが、シリアやイラクの目覚しい好成績は、サッカーにおいてはあらゆることが可能となることを示している。
分断された祖国
イエメン国内のサッカーは、戦争の影響で、完全に動きを止めている。国内リーグは無期限で中断中だし、スポーツ施設はすべて破壊された。スタジアムは廃墟と化し、活動を継続しているチームもない。
2015年、国際的な承認を受けるアブドラボ・マンスール・ハディ政権と反政府勢力フーシ派との抗争は拡大し、イエメンを血みどろの戦争の渦の中に放り込んだ。戦争は、数万人もの人びとを殺害し、深刻な感染症や病気を蔓延させた。そして人びとを飢えに瀕する状態に置いたのである。5歳以下の子ども8万5千人が飢えで命を落とし、1400万人もの国民が餓死する危険性がある。
イエメンにおける代理戦争は国は2つに分断した。イギリスとアメリカは、ハディ政権を援助して軍事作戦を行っているサウジアラビアが主導する連合国を支援し、イエメン国民の上に容赦なく投下される爆弾を連合国側に輸出しているとして批判を受けている。
一方、イランは反体制派のフーシ派を支援している。フーシ派は、イエメン北西部の山岳地方と首都サナアを支配下に置いている。戦争にはその他、国内の武装勢力やアルカーイダと関係のある組織も参戦している。
だが、戦争で家族が離散し、悲劇に見舞われても、国民の生活は続く。
ジャーナリストのバシール・スィナーンによると、人びとは、アジアカップでのイエメンの初戦となるイラン戦を心待ちにしているのだという(*試合は2019年1月7日に行われ、イランが5対0で勝利)。
選手たちはサッカーに集中しようとしているが、それは簡単なことではない。一部の選手たちは、カタールなどイエメン国外のクラブに移籍しているが、その他の選手たちは国内にとどまっている。彼らは外国でプレーする機会をもう4年も待っているのだ。
国内にチームが存続していた頃は、時おり親善試合が組まれることがあった。しかし、このような試合もスタジアムを爆撃するミサイルや砲弾を免れることはなかった。
旅費がなく練習に行けない
イエメン代表監督ヤーン・コツィアンにとって、大きな国際大会に向けてチームを強化することは極めて困難な仕事だ。
所属チームを見つけることができた選手たちでも、わずかな報酬しか得ることができないので、生計を立てるためにドライバーや商店の販売員などをして働かなければならない。選手たちのいく人かは戦線に参加したが、多くが戦闘で命を落とした。
イエメンの有力クラブの一つ、ティラールSCに所属するイマード・オマル・タラール選手は、「わたしはお金を稼ぐため他に仕事を探さなければならないのです。おそらく軍隊に入ることになると思います」と話す。
別の代表選手は、自分も他に仕事を持っているが、生計を維持するだけ稼ぐのは難しい。それゆえ、アジアカップの準備のためサウジで行われる代表のトレーニングキャンプに参加するかどうか、ちゅうちょせざるを得なかった、と言う。
誘拐
イエメンサッカー連盟は、アジアカップに向けてのチームの準備を進めるにあたっては、財源不足はもちろんのこととしても、それとは別の困難を抱えている。国が敵対する2派に分裂してしまっていることだ。選手たちは両派の境界地域で空爆を受けることを恐れている。というのも選手たちは家畜運搬用のトラックに乗って移動しているからだ。
ある選手は武装集団によって誘拐されたことがある。アジアカップ予選をたたかって帰国した際のことだった。
政治はアジアカップの準備も含めて、イエメン代表チームの活動をさんざんもてあそんできた。たとえば、サウジアラビアは、チームがカタールでの親善試合のため選手たちが同国へ向かおうとするのを妨害し、事前の通知なしに選手たちをマレーシアに送ったのだ。
広がる熱狂
イエメンはサッカーにおいてこれといった成績を残していない。イエメンのファンたちも代表チームに多くのことを期待していない。ファンたちは試合で大敗しなかったら、(*負けても)よしとするのである。
イエメン代表はガルフカップ(*アラブサッカー連盟が主催する、ペルシア湾岸諸国のナショナルチームによる大会)には27回参加しているが、過去一度も勝利をあげたことがない。ところが、今回のアジアカップ予選では、2勝4引き分けという結果だったのである。
チームはカタールで試合を行った(*国内での国際試合開催が禁じられているため、ホーム扱いの試合も第3国で行う)。会場で声援を送るファンの数は数百人もいなかったが、チームが好成績を上げるにつれて、国内では、人びとの間で熱狂が広がっていった。喜ばしいニュースなんて何も期待できないでいる戦時下にいるので、なおさらのことだった。
そして、アブドゥル・ワースィウ・マタリーがネパール戦で2得点をあげ、チームがアジアカップ出場を決めたとき、イエメン人の歓喜は最高潮に達した。
「2018年は3試合しかやっていない」
ネパール戦は別として、イエメン代表は2018年の間、親善試合を3試合しか行っていない。(*代表選手の一人)フアード・ウマイスィー(29歳)は、練習会場に向かうための資金もなく、「年間を通して国際レベルの試合を3試合しかやっていないんです」と話す。他のある選手も、1日6ドルにしかならないドライバーの報酬では、練習するのも難しい、と言う。
ウマイスィーはこう付け加える。「選手にとして、戦争による精神的ストレスでフィジカルコンディションを整えるのが一番難しいのです」
サッカーで最も困難な仕事
スロバキア人監督コツィアン(*現在のイエメン代表監督)は、政治的抗争がサッカーに与える影響について熟知している。コツィアンは、チェコ・スロバキアが分裂する数カ月前の同国の代表選手だったからだ。とはいえ、1993年に彼の祖国で起こったことは、現在イエメンで起こっていることとはまったく比較にならない。
コツィアンは2018年11月、イエメンサッカー連盟が国際試合に向けて選出した選手たちの強化を行うためサウジアラビアに到着した。彼は、自分がサッカーにおいて最もこんな仕事をしている(*とのBBCの指摘)ことを否定し、次のように話す。
「現在の政治的な環境が、チームのトレーニング環境を不正常なものにしています。たとえば、わたしはイエメン国内におもむことは決してありません。このことは契約書にも明記されていることです。しかしわたしはこのチームを率いることを名誉に感じています」
スロバキア人監督はパスサッカーに傾倒している。これは若い選手のが多いチームにとって彼は適任だと言える。この元DF(*もちろんコツィアン監督のことです)は、スロバキア代表としてはプレーしたことはないが、同国代表のコーチをした経験はあり、マレク・ハムシーク(*イタリア1部リーグセリエAのSSCナポリ所属)といった選手の育成などで高い手腕を発揮した。ハムシークはスロバキア代表のゲームメーカーで、独創的なストライカーとして知られている。
コツィアンによると、選手たちは現在サッカーに集中しており、イエメン国内の状況に関して話題にするのを完全に避けている。それは、かつてコツィアンたちが同僚らとチェコ・スロバキアの分裂について話わなわなったことと同様だ、と言う。
国民に希望をもたらす
もちろん、このことは選手たちが国内の悲劇的な状況に何も感じていないことを意味しない。ベテランGKのムハンマド・アヤーシュは、選手たちは大会で良い結果を残すことでイエメンの人びとに、国中を巻き込む忌まわしい戦争で、忘れてしまった輝かしい希望を与えたいと願っている、と言う。
スポーツジャーナリストのオマル・マスリーは、「アジアカップはイエメンの人びとに歓喜をもたらす機会です。これは本当にすばらしい機会なんです。人びとは今も生きていることで現実と格闘しているのです。そして、代表の試合を観戦するためにカフェを満杯にすることも、彼らにとってのたたかいなのです」と話す。
コツィアンは、「今も国内にとどまっている選手たちは、この大会をきっかけに、国外のクラブとプロ契約を結び、戦争から自由になることを願っています。と言うのも、選手のスカウトのため、イエメンにやってくる人なんて誰もいませんから」と話す。
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