ワールドカップ予選のアジアプレーオフは、オーストラリアが勝利。シリアの夢は潰えました。今回紹介するのは、試合終了直後の国内の人びとの反応に関するもの。AFPが配信し、エジプトのネットメディア「ヨウム・サービウ」が2017年10月10日掲載した、مباراة سوريا وأستراليا.. خيبة أمل ودموع فى شوارع دمشق – اليوم السابعです。
試合が行われる前から、SNS上では異様な盛り上がりを見せていました。それがシリアの敗戦が決まった瞬間、ネットを通して、サポーターたちの悲鳴が聞こえてくるようでした。
率直に言って、オーストラリアが勝利に値するチームだったことは確かだと思います。しかし、実力差が埋めてしまうかのような、全選手一丸となって向かっていったシリア代表選手の姿には、心を動かされました。タイムアップ寸前の、スーマ選手のあのフリーキックが決まっていたらなあと、何度も思い返してしまいますね。
今回の記事、悲しみにくれる人びとの様子とともに、プレーオフ進出決定後、国民内部に現れた代表チームに対する思いの微妙な変化についても指摘しています。これまで絶妙なバランス感覚で、このチームは政権側の代表ではなく、すべての国民の代表だと強調されてきたシリア代表でしたが、そのイメージが変わってきているというのです。
その変化がどの程度のものなのか。アサド政権打倒をずっと掲げ、それはすぐにでも現実化するかのように煽っててきたものの、すっかりその可能性が遠のいた現状に対する、西側メディア(AFP)の単なるプロパガンダなのか。
いずれにしても、これだけ国民注視の的となった選手たちには、自分たちの都合のいいように利用しようとする様々な方面から猛烈な圧力がかけられていると想像します。こういうときにこそ、今度はサポーターが、力を合わせてチームと選手たちを守ってもらいたいと願わずにはいられません。
元記事URL http://www.youm7.com/story/2017/10/10/مباراة-سوريا-وأستراليا-خيبة-أمل-ودموع-فى-شوارع-دمشق/3450729
失意と涙のダマスカス
掲載紙:ヨウム・サービウ/AFP
掲載日:2017年10月10日
(文中の*訳注)
祖国の代表チームが史上初めてワールドカップに出場するというシリア人の夢が、散った。ワールドカップ予選アジア・プレーオフの第2戦で、シリアはオーストラリアに敗れ、その熱狂と期待は、涙と悲しみに変わった。
オーストラリア戦を見ようとダマスカスの広場やカフェには、数千もの人びとが集まっていた。国中をおおう血みどろの紛争に苛まれながらも、「カシオン山の鷲」(*シリア代表の愛称)がワールドカップ予選で見せてきた快進撃の続きを願っていたのだが、彼らの表情には落胆が色濃く見られた。
この試合は国民の夢
サッカーはここ数週間、待ち焦がれていた夢の実現に、人びとを近づけた。多くの場所、とくに政府軍が支配している地域では、「カシオン山の鷲」を応援するために、サポーターたちが集まった。一方、反政府軍が支配する地域では、「シリア政権との関連」を理由に、応援することを控える住民がいた。
ダマスカスでは、延長戦の末、オーストラリアに1対2で負けると、人びとの心情は完全に変わった。
ダマスカスの通りから人影が消えた
試合開始前、そして試合中、ダマスカスの通りから人影が消えた。ほとんどの商店も、この決戦を見るためにシャッターを閉めていた。
友人たちとダマスカスのカフェで試合を観戦していたダーナ・アブー・シャアルさん(18歳)はAFPの取材に、「とっても興奮しました。シリアに勝って欲しかったんですが。ワールドカップまであともう少しというところまで来たというのに、今は悲しみと深い失意で胸がいっぱいです」と話す。
試合を見るために大学の授業をサボってきたというこの若い女性は、「サッカーとは関係ないかもしれないけど、シリアの人には喜びが必要だと思います」と感想を述べ、声を震わせて続けた。
「代表チームは私たちにとって希望でした。人びとはこの7年もの間戦時下で生きてきているんです。みんな喜べることを待ち焦がれていたんです」
ダマスカス中が観客席
ダマスカスではこの日朝から、広場やカフェに、多くの都市ではスタジアムや体育館に、人びとが集まってきていた。多くの人たちが代表チームのユニフォームの赤いシャツを身につけ、国旗を振り回し、顔には国旗をペインティングしていた。
数千もの人びとが、ダマスカス南部にあるウマイイヤ広場で太陽の光がふりそそぐもと座り込み、巨大スクリーンの前で試合を観戦した。応援のチャントをくりかえしていたが、オーストラリアが2点目を決めるとその声は次第に小さくなっていった。
AFP記者によると、サポーターたちは、2点目が決まった瞬間、凍りついたようになったという。そして試合終了のホイッスルが鳴ると、お互い抱き合い、慰めあった。顔を両手でおおう人たちもいた。とくに若い女性たちは、涙が流れ出るのを隠せないでいた。
「きみたちはヒーローだ」
ダマスカスでは最高レベルの治安対策がとられていた。ある教員によると、学校も閉鎖されていた。この種の機会にはよく起こりがちなのだが、興奮した人たちによる偶発的な発砲に備えるためだという。
試合後、ラームズ・タラーウィーさん(29歳)はAFPに対し、「ほんと残念です。ついていなかったよ…。われわれには多くのチャンスがあったのにね」と話した。
代表チームのユニフォームを着たタラーウィーさんは、カフェで観戦するために仕事を休んだんだと言いながら、「代表チームはこれまで政治や宗教ができなかったことをやってのけたんだよ。シリア国民が一つになることが可能だってことを示してくれた」と付け加えた。
さらに「実際、このチームは祖国の代表なんだ。体制派、反体制派という政治的見解を持つシリア人の心を一つにしたんだ…。反抗したり、批判したりして国外に逃れた選手たちをも巻き込んでね」と続けた。これは、数年間のブランクを経て、ここ数か月の間に代表に復帰したフィラース・ハティーブやオマル・スーマをさしたものだ。
試合が終わると、SNSの大統領府のアカウントには、こんなコメントとともに代表チームに写真が掲載された。
「きみたちはヒーローです。すべての国民に歓喜をもたらしてくれた…。カシオン山の鷲よ、きみたちにあらゆる敬意と賞賛を送ります」
アジアプレーオフへの進出を決めてからというもの、サッカーは、たとえ一時的なものにせよ、2011年に始まって以来、33万人以上もの犠牲者を出した紛争によって、政権支持派と反体制派に分裂してきたシリアの国民を、一つにした。
ところが、イラン戦の後、とくに反体制派が、この代表チームは体制側の代表チームだと批判したことにより、事態は変わった。アジア最終予選の最終戦となったイラン戦。この試合の引き分けによりシリアのプレーオフ進出は決まったのだが、試合終了後、数人の選手が、バッシャール・アサド大統領に感謝する、と発言したからだ(*プレーオフ進出後、国民は一つになったと言いながら、その進出を決めたイラン戦の後、事態は変わったという指摘は明らかに矛盾していると思うのだが、そのまま)。
「シリアの代表ではない」
この発言は、ダマスカスの郊外で反政府軍の拠点となっている東グータ地方や、現在シャーム解放機構(旧ヌスラ戦線 *アルカーイダ系)が大部分を支配するイドリブ県(シリア北西部)といった地域のサポーターたちの怒りをかった。
東グータ地方のドゥーマ市に住むユーセフ・シャディードさん(21歳)は、「喜びもしたし、悲しみもしたよ。だって、ぼくたちは、シリアが勝ち、ワールドカップに出場して、世界にシリアの名を轟かすことにとても興奮しながら、観戦してきたんだから」と話し、こう続ける。
「でも同時に、サッカーに体制側が政治を持ち込んできたことで悲しくなったよ。代表チームは体制側の代表チームってことじゃないか」
イドリブ市郊外のマラアヤーン村では、友人たちとともにスマートフォンで観戦していたカーシム・ハティーブさん(26歳)は、「当然ぼくはオーストラリアを応援していたね。だってぼくは樽爆弾チーム、代表のことをぼくらはこう呼んでいるんだけど、そんなチームを応援したくないからね。もしこのチームが勝ってしまったら、これまで同様、アサドの勝利になってしまうんだよ」と話し、こう付け加えた。
「このチームは、子どもたちを殺している体制を代表しているチームだよ。シリアを代表しているわけじゃない」
イドリブ県では、紛争勃発以来、シリア軍や同盟国であるロシア軍の攻撃にさらされ続けてきており、大勢の市民が殺害されている。
イドリブ市にアレッポ(シリア北部)から移住してきたハイル・ダーウードさん(24歳)は「ぼくはシリア代表の試合をずっと見てきたけど、シリアが負けることを願ってきたね。いつも相手チームの方を応援しているんだ」と話した。