新型コロナウイルス感染拡大でのびのびになっていた、W杯アジア2次予選は6月15日に全日程が終了、3次予選(最終予選)に進出する12チームが決定しました。グループAではシリアが7勝1敗の成績で首位通過を果たしました。
ところが、最終戦となった中国戦(1−3でシリアが初黒星を喫す)終了直後から内部対立が表面化、チュニジア人監督ナビール・マアルールが辞任する騒ぎとなっています。
わたしがこのブログを始めて6年ほどになりますが、シリア代表内部の抗争はめずらしいことではありません。ただし、抗争はチームの成績が振るわないときに表面化するものですが、今回はちょっと様子が違うようです。
●カタールW杯アジア2次予選グループAの最終順位表
チーム | 試合数 | 得失点差 | 勝点 |
シリア | 8 | 15 | 21 |
中国 | 8 | 27 | 19 |
フィリピン | 8 | 1 | 11 |
モルディブ | 8 | -13 | 7 |
グアム | 8 | -30 | 0 |
「何の足しにもならない監督」
中国に負けた翌日(2021年6月16日)、「フランス24」は、シリアスポーツ総連盟の会長が、マアルール監督を批判し、辞任を求めるとの記事(تصفيات مونديال 2022: رئيس الاتحاد الرياضي العام السوري ينتقد معلول ويطالبه بالاستقالة – فرانس 24ة)を掲載しました(AFP配信記事)。
シリアスポーツ総連盟というのは、シリア国内の各競技団体を統括する上部機関で、伝統的に軍部の影響力が強いと言われています。シリアサッカー連盟もその傘下に置かれています。
「フランス24」によると、中国戦直後、グループ首位で最終予選進出を決めたにもかかわらず、同総連盟のフィラース・マアラー会長はAFPに対し、シリア代表のチームレベルの低さを批判し、「マアルール監督に辞任するよう要求します。彼はチームにとって何の足しにもならないからです」と話したのです。
また、マアラー会長はシリアの地元メディア「シャームFM」に対しも、マアルール監督続投に関しては「シリアサッカー連盟が決めることだが…とにかく、何人かの選手たちが蔑ろしにされてきた。マアルール監督は報酬に見合う仕事をしていない」と酷評しています。
(下の写真:母国チュニジア代表を率いて出場したロシアW杯でのマアルール監督)
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マアルール監督の給料未払い
マアルール監督は、2020年3月、2年契約で監督に就任しました。報酬は100万ユーロ(約1億3000万円)。契約締結時に28万ユーロが支払われ、以後毎月3万ユーロが支払われる。これに加え、W杯最終予選に進出するとボーナスとして8万3000ユーロ、さらに、本大会出場の場合はFIFAからシリアサッカー連盟に支給される報奨金の中から10%が支払われるという契約となっています。
ところが現在、シリアサッカー連盟は、マアルール監督の報酬支払いを滞納しています。アメリカがシリアに科しているいわゆる「シーザー法」により、FIFAとAFC(アジアサッカー連盟)からの資金が凍結されていることが、その理由だと、「フランス24」は報じています。
選手たちの「反乱」?
スポーツ総連盟のマアラー会長の監督批判と前後して、代表チームの主要メンバーたちが自らのTwitterアカウントを通じて行ったツイートが反響を呼んでいます。選手たちは同時刻に同一の文面で次にように書き込んだのです。
「2次予選突破おめでとう。(しかし)ぼくたちは抗争の犠牲者であり続ける」
書き込んだのは、マフムード・マワース、ウサーマ・オムリー、アムロ・ミーダーニー、マルディーク・マルディキヤーン、イブラーヒーム・アールマ。いずれも今のチームか長年主力として支えてきた選手たち。
ツイートでは「抗争の犠牲者」が何を意味するのか明らかにしていませんし、特定の団体の名をあげて批判しているわけではありませんが、後述の通り、これはスポーツ総連盟を批判する意味だと見られています。いずれにしろ、これだけの選手たちが現状に対して抗議の声を上げるのは、めずらしいことだと思います。
「進路を妨害するのはいつもスポーツ連盟」
最終戦の中国戦には敗れたものの、シリア代表をグループ首位で最終予選に導いたマアルール監督。彼が監督就任時点で、すでにシリアの最終予選進出の可能性は高かったとは言え、結果を残したのに、役立たずだの、給料に見合う仕事をしろだのと、この国のスポーツを統括する団体のトップから罵られるのは、理不尽なように思えます。その一方、自分には契約通りの報酬が支払われていないのですからなおさらです。
マアルール監督は中国戦前から、スポーツ総連盟との対立を深めていました。アジア最終予選進出を決めたら選手に対してボーナスを支払うことを、スポーツ総連盟は約束していたにもかかわらず、それを反故にしていると連盟を批判していたからです(シリアの最終予選進出は6月7日のグアム戦の勝利で決定していた)。選手たちが「抗争の犠牲者」といっせいにツイートしたのは、こういった事情によるものだと指摘されています。
マアラー会長からの「辞任要求」を受けての発言だと思いますが、マアルール監督も中国戦後、「イルミー・グローバルスポーツ」というネットメディアの独占インタビューで、会長に激しい怒りをぶつけています。
「われわれチームが前へ進もうとするといつも、スポーツ連盟がその進路を妨害してくるのです。それでわれわれは後退せざるを得ないのです」
「こんなことをくり返していれば代表チームはいつまで経っても前には進めません。抗争の第一の被害者はファンたちです」
「選手とチームスタッフの間に問題があるというウワサが広がっていますが、正しくありません。問題は義務を履行しようとしないことにあるのです」
ボーナス支払いの発表とマアルールの辞任
マアルール監督と選手たちのいっせいツイートによる批判がなされた後、奇妙なことに、シリアスポーツ総連盟はすでに6月11日付けで、代表選手一人につき1000ユーロのボーナスを支払うことが決定されていたことを示す書面が、SNS上で拡散されるようになりました。
マアルール監督や選手たちの批判は、もともと事実と異なるものだったのか。あるいは批判が広がるのを抑えるために、連盟は約束通りボーナスを支払う準備をしていたんだという体裁を取り繕っているのかは、わかりません。
一方、スポーツ総連盟のマアラー会長は、各メディアでマアルール監督の報酬がその能力に比べていかに法外なものかを強調する発言を続けています。それが功を奏しているのか、SNS上ではマアルール監督を擁護する声は、そう大きくないようです。
そして6月17日、ナビール・マアルール監督は代表チーム監督を辞任すると発表しました。
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