今回紹介する記事は、2016年10月26日にAFP通信が配信した元イラク代表選手が死去したという短信(パレスチナ・オンライン掲載分から翻訳)です。
ここ数年、ちょっと陰りが見えているとはいえ、日本は少なくともアジアの中では強国の一つです。しかし、そう目されるようになったのは、せいぜい1990年代に入ってからのことで、それ以前、アジアの強豪といえばイランやイラクといった中東の国、あるいは韓国でした。
1986年メキシコで開催されたワールドカップ(アルゼンチンが優勝)は、アジアからの出場枠が初めて2か国となった大会です。このとき本大会出場を果たしたのは韓国とイラクでした。同大会当時、初出場を果たしたイラクはいわゆる「黄金世代」と評され、有力選手がそろっていたようですが、1次リーグ3戦全敗で大会を去っています。一方の韓国もブルガリアに引き分けて勝ち点1をあげたものの、こちらもやはり1次リーグ敗退。
現在でもアジアの国がワールドカップで勝点を獲得するのは簡単ではありませんが、当時はもっと難しかった。アジアレベルでは他を圧倒するような国でさえ、そういった状況だったんですね。
亡くなったイラク人選手というのは、当時の黄金世代に属していた一人だそうです。
それにしても、イラクって、2003年に始まったアメリカなどとの戦争以来、今日に至るまで国は大混乱で治安が安定していません。イラク戦争以前も、経済制裁で市民生活は疲弊していましたし、イランとの激しい戦争の時代も長くありましたので、ここ数十年ずっと苦難の時代のさなかにあることになります。そんななか、サッカー界では代表はトップレベルを維持しているわけです。これは驚くべきことだと思います。
元記事URL:
http://felesteen.ps/details/news/175206/وفاة-علي-حسين-أحد-ابرز-لاعبي-العراق-في-مونديال-1986.html
イラクのアリー・フセインさん死去 1986年ワールドカップで活躍
2016年10月26日
パレスチナ・オンライン
バグダッド(AFP通信) 本日水曜日(2016年10月26日)、イラク代表の元選手アリー・フセインさんが、慢性疾患のため、病院で死去した。55歳。
イラクのアルタラバ・クラブのハイヤーム・ハズラジー広報担当は、「国際的プレーヤーでアルタラバで活躍したアリー・フセインさんが本日未明、治療を行っていた首都の病院で亡くなった」と発表した。
同広報担当は、「イラクサッカー界は、アラブと世界において、この国の象徴的存在で、イラクサッカーを支えた選手の一人を失った」と述べた。
アリー・フセイン元選手は、イラク人指導者たちが師と仰ぐウンムー・バーバー氏のもとで見出された傑出した選手。イラク・サッカーの黄金世代として知られる世代に属していた。この世代には、ほかに、アフマド・ラーディー、フセイン・サイード、アドナーン・ダラジャール、ライド・ハムーディー(現イラクオリンピック委員会会長)の各氏がいる。