ロシアW杯予選最終盤 シリアで起こっていたこと:独裁者の代表チーム(1)

今回紹介するのは、初めてのW杯出場をめざして躍進し、国際的にも注目を集めていた時期のシリア代表の周辺に関する記事です。ですので、情報としてはちょっと古い。

アメリカのスポーツ専門チャンネル、ESPNアラビア語版に2017年7月に掲載されたものです。原文の英語記事はその2カ月前の5月に掲載されています(How the Syrian government brought soccer into campaign of oppression)。本格的なルポルタージュで、かなりの分量なので、6回くらいに分割して紹介することにします。(ちょうど去年の今頃も、このブログでアジアカップ後のシリア代表の総括的な長文記事の紹介に取り組みながらも、結局途中で放り出してしまったことは思い出さないようにしよう)

このルポ(英文記事の方)は、当時かなり話題となった記事です。その後いくつかのメディアが、本文中のフィラース・ハティーブの発言を引用した記事を書いていますね。また、同じ年の10月、NHKが、W杯予選のアジアプレーオフをたたかうシリア代表に関するすぐれたドキュメントを放送していますが、このESPNのルポルタージュをかなり参考にしているように思います(サッカーシリア代表 “英雄”と“裏切り者”の狭間で – 記事 – NHK クローズアップ現代+)。

ぼくもこのルポの存在を知って、当然すぐにブログで紹介しようと思ったのですが、なんだか全然意味がつかめず、途中で断念してしまいました。今回は頑張って再挑戦してみます。


独裁者の代表チーム(1)

掲載紙:ESPN アラビア語版
掲載日:2017年7月2日
執筆者:スティーブ・ファイナル
URL
https://www.espn.com/espn/otl/story/_/id/19409348/how-syrian-government-brought-soccer-campaign-oppression-arabic

(小見出しの一部は訳者によるもの *は訳注)

第1回(全6回)

「殺し屋がいっぱい」
クウェート市にて

「ぼくは怖い」

2月、ある寒い日の午後、海岸を見下ろすその商業モールに、シリア代表チームの最も偉大で傑出した一人の選手が座っていた。彼は自らの行った決断により命を失うかもしれないという衝撃と不安の中にいた。

フィラース・ハティーブは、祖国を爆撃し、人々を飢えさせているバッシャール・アサド独裁政権に抗議して、5年にわたって代表チームでプレーすることを拒否してきた。

そして今、ハティーブはその立場を突然変えてしまったようだ。シリアに戻り、W杯出場をめざす代表チームの先頭に立つことを考えている。復帰の理由は複雑で、どう表現していいか彼自身言葉がまとまらないように見える。

「ぼくは怖い、というより怯えているんです」

彼は少し不得意な英語で続ける。「今シリアではね、何か発言すると、その言ったこと、あるいはその人が思ったことに対する懲罰として、誰かに殺されるかもしれないんだ。これは何かしたことに対する懲罰じゃない。頭の中で考えたり思いめぐらしたりしていることへの懲罰なんだ」

短い髭を生やし、カールしたブラウンの髪、やさしく輝く瞳。フィラース・ハティーブは、クウェートでプロサッカー選手となり数百万ドルを稼いでいる。高級な商業モールの雰囲気の中にいる彼の人生は、われわれには快適で安逸なものに映る。何艇ものヨットが青い海面を静かに淀みなく進んでいく。彼の周りでは、男女が様々な香りの水タバコをふかしている。そんな贅沢な雰囲気の中にいるにもかかわらず、2日間にわたって行われたインタビューでは、ハティーブは難問を目の前にして、その重みに押しつぶされ、しおれてしまっていた。

「毎晩寝るときにはね、1時間か2時間、自分の決断についてぐるぐる考え続けてしまうんだ」

ハティーブはスマートフォンを取り出し、われわれに彼のフェイスブックのページを見せた。毎日何百通ものメッセージが届いているんだという。ごく親密な友人たちでさえ、自分たちを裏切った決断をするハティーブに対し、関係を断絶すると言ってきているのだ。

ニハード・サアド・ディーンもそういった仲間の一人だ。ハティーブとはお互い子どもの頃からの知り合いである。彼はハティーブに宛てたメッセージの中で強くこう言い放っている。もし代表チームに戻ってしまったら、「きみは、犯罪者アサドを支持する人たちと同じ、自らの存在を歴史のごみバケツの中に投げ捨てることになるんだよ」そう言ってサアド・ディーンはハティーブとは二度と言葉を交わさないと誓った。

選択肢はアサドか「イスラーム国」か

シリア代表が次の試合を行うのは36日後だ。ハティーブはそれまでに、今日のわれわれの世界をおおう巨大な二つの邪悪なもののうちのいずれかを選ばなければならない。

もしハティーブが代表復帰を決めた場合、彼はチームリーダーとして、初のW杯出場をめざすシリア代表にとって最も重要な選手となるだろう。しかし、同時に彼は、市民に向けて神経ガスを使い、拷問、強姦を行い、飢えと破壊を引き起こしている政権側を代表することにもなる。──政権は、血塗なれた、野蛮な支配を正当化し、それを促進すさえる武器としてサッカーを利用しているからだ。

もし代表招集のボイコットを継続すれば、以前から表明している通り、彼は代表を引退することになり、また、複雑に入り組んだ反政府勢力を支持することになる。当初平和的なデモで始まった運動は、その後、その中からアルカーイダや「イスラーム国」といった様々な集団が奔流となって出現する事態となっている。「イスラーム国」は以前から、彼らの最もおぞましく嫌悪すべきいくつかの犯罪行為の舞台として、サッカーの試合を利用してきた。たとえば、2015年にフランスのスタジアム爆破事件がそれであり、また、イラクでは試合中の爆発により29人の子どもたちが犠牲となる事件を引き起こしている。

ハティーブは言う。「今のシリアには殺し屋が大勢いるんだ。一人や二人じゃない。ぼくはやつらのことが大っ嫌いだ」

彼は本当に途方に暮れている。

ハティーブは続ける。「どんな発言をしようと、何か言うと1200万人のシリア人がぼくのことを愛してくれるけど、残りの1200万人のシリア人はぼくのことを殺そうとするんだよ」

シリア内戦の中にはその縮図としての別の内戦がある。すなわち、祖国シリアサッカーの魂をめぐる荒々しく、時には流血をともなう争いである。

代表チームは内戦の縮図

シリア代表がW杯出場に向けて挑んでいる中で、選手は選手たちどうし、コーチ陣も同僚たちと敵対関係になるといった混乱した事態が生まれている。この対立は、今日世界を多くを支配する精神の分断の溝の深さの反映でもある。6年に及ぶ内戦によって、シリアでは少なくとも47万人が犠牲となり、シリアの平均寿命は70歳から55歳に低下した。人口の約半分にあたる1200万人以上が避難民である。サッカーのシリア代表チームは、アサド政権支持派と反対派の間に、新たな争いの場を提供している。

シリア政府は、サッカーはすべての勢力が互いに平和的に集い、一つになることができる場である、と主張している。シリア代表チームの報道担当のバッシャール・ムハンマドは次のように話す。

「それは人々が一緒に集まることができる夢の機会なんです。笑顔をもたらすことができるし、血の匂いや自分たちをとりまく死を忘れさせてくる場なのです」

アサド政権がFIFAに支援されていることは事実だ。政権側は自らが主導して恐ろしい弾圧行為をサッカーを動員して行いながら、サッカー関連のネットワークを駆使してきた結果である。このことは、 「Outside the Lines」という番組や「ESPN The Magazine」が7カ月に及ぶ調査の結果明らかにしたことだ。

アレッポ出身の元スポーツライターで、現在はシリアのスポーツ選手に対する人権侵害を追跡・記録する活動を行っているアナス・アンムによると、シリア政府はこれまで、殺人や砲撃、あるいは拷問によって、少なくとも、同国の1部および2部リーグ(*同国トップリーグであるプレミアリーグとその下の1部リーグのことだと思われます)の選手38人、またそれ以下のカテゴリーに属するチームの選手数十人を死に至らしめた。また、少なくとも30人以上の選手が行方不明になっているという。

他方、反政府軍もシリア人のサッカー選手の殺害を行っているが、人数的には少数にとどまっている。アンムによると、「イスラーム国」は4件の選手殺害事件に関与しているという。

また、シリア人権ネットワークの調査によると、「アサド政権は自らの残虐で野蛮な行為を支えるためにスポーツ選手やスポーツの活動を利用している」と結論づけているという。すなわち、サッカーのスタジアムは、市民を砲撃するためロケットを発射するための軍事施設として転用されている。複数の選手の証言によると、戦争開始以来、彼らはアサド政権支持のパレードへの参加を強制されており、ときには、アサド大統領の写真がプリントされたシャツの着用も強いられたとのことだ。

アンムは次のように話す。「アサド政権は芸術家やスポーツ選手たちが大統領や政権への支持を公にすることにこだわっています。というのも彼らは人々に対して大きな影響力を持っているからです。だからこのようなパレードへの参加が強制されているのです」

FIFAの決定

ESPNネットワークでは、現役および元選手、現職および元職の当局の担当者、犠牲者の友人、知人を対象にした聞きとり、加えて、研究論文を参照したり、一般に公開されている様々な人権問題に関係する動画の内容をチェックするなどの調査を行った。聞き取りは、2016年9月から2017年5月にかけて、マレーシア、ドイツ、トルコ、スウェーデン、クウェート、韓国で行っている。

シリアではFIFAが規約で禁じるサッカーへの政治的介入が行われているとの申し立ては2015年に行われている。過去FIFAは、この規約の規定を適用し、これまで約20回、いくつかの国に対して国際試合を停止する措置を取ってきた。だが、20ページからなる「シリアのサッカー選手に対する戦争犯罪」というタイトルのレポートを提出してなされた申し立てには、FIFAは次のように返答した。「このような悲劇的な出来事は、スポーツ問題として扱う範疇を超えるものだ」とし、FIFAの権限が及ばないとの結論をくだしたのである。

また、FIFAはESPNネットワークの取材に応じることをいっさい拒否したが、次のような見解を発表している。FIFAの権限は規約などのルールにのっとった、限られたものであるとし、「今回のようなきわめて複雑な問題に関する申し立ての妥当性について調査したり確認することにおいても、その権限は限定的なものとなる」と言っている。

「今回のFIFAの決定と規約との間には大きな矛盾があります」と元シリア人選手のアイマン・カーシートは言う。カーシートはチューリッヒのFIFA本部に今回の申し立て書を提出した人物だ。

「FIFAは政治的介入を行った国のサッカー連盟に対しては活動を凍結する措置を取っているんですよ。同時に、戦争をしている国があり、そこではスポーツ施設が軍事物資の貯蔵庫に使われたり、子どもたちや18歳以下の選手たちを殺害したりしている。また、サッカー選手を拘束し、刑務所に投獄したりしているんです。これについては一つひとつ裏付けるたくさんの証拠もあります。なのになぜFIFAは判断できないんですか。これは明らかに偽善ですよ」

スポーツ法制を専門とするロンドンの弁護士、マーク・アフィーヴァは(*シリアのサッカーに関して)独自に法的な検討を行っている。アフィーヴァによると、シリアの現状は「サッカーの国内外の事柄に関して国家の側が干渉しているまぎれもないケースですが、FIFAは沈黙して行動を起こさないことを選択しました。率直に言って、FIFAには勇気のかけらもありません」という。

恥辱

シリアサッカー連盟副会長で、代表チーム委員会(*日本サッカー協会の技術委員会に相当する機関だと思うのですが、確かなことはわかりません)責任者のファーディ・ダッバースは、今回のシリアに対する申し立てについて、「まったくの事実無根だ」と否定している。(*申し立てを行ったのは)国外に留まっている選手たちや政権に反対する者たちの集団だとして、こう反論している。

「政権はシリア国民を守っているのです。申し立てを行った人たちというのは国外で暮らしており、自分たち以外の誰の立場も代表しているわけではありません」

W杯をめざすシリア代表の存在は、FIFAだけでなく、選手たち、あるいはサポーターたちの中にも倫理的なたたかいを生じさせている。何百人というシリア人選手たちが、すでに祖国を離れ近隣諸国やヨーロッパに逃げ出した。フィラース・ハティーブもそういった選手たちの一人だ。彼はアサド政権の代表チームでプレーすることを拒否した。

ハティーブ以外にもまるで映画のワンシーンのような劇的な形で国外に逃れた選手もいる。センターバックでプレーするフィラース・アリーは、ある日の夜明け前、トレーニングキャンプ中の代表チームの宿泊所から抜け出した。それは彼のまだ13歳のいとこが、悪名高いアサド政権軍による攻撃を受けて殺されたというニュースを知った直後のことだった。

アリーは現在、トルコ南部カルカーミーシュにある難民キャンプで、妻と3人の子どもたちとともに暮らしている。ESPNネットワークの取材に対して、アリーは、シリア代表でプレーすることを「恥辱だ」と表現し、こう続けた。

「ぼくの良心が代表でプレーすることを許しませんでした。抑圧や弾圧で殺されたすべての祖国の子どもたちの血を裏切ることになると感じたからです。今の代表チームの選手たちは、死の旗を掲げてプレーしているんですよ。ぼくたちを殺す旗をね」(続く)

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